ミシンの子ども
動力ミシンって聞いたことありますか。
仕事に使うミシン。工業用だ。
縫う速さは半端無く、指先を縫ってしまっても痛さが後からくる……。かも。
音はバッファローが群れで駆けて行くような迫力がある。
素人には扱えない。
そんなミシンを出してきた。
実家の仕事をたたむにあたり私が譲り受けたんだ。
ずっとそのまんま置きっぱなし。
愛犬の小物作製に使ってみよう。
ふと思い出して、お会いするのは20年ぶりくらいだろうか。
コードも黄色に変色している。
ミシンに電源を入れてエネルギーを注入してみる。
ミシンを前に座ってみて懐かしい時間が頭に浮かぶ。
母が毎日ミシンを踏んでいた。
父の仕事を手伝っていた。
父もミシン職人、男性ながらミシンで幼い私のワンピースや衣裳、孫のつなぎ服を器用につくってくれた。
父と母がミシンを使うことを生業にして私を育ててくれた。
わずかな利益を積み重ねて大きな貯えに
する。
食べて、子どもを学ばせてきたのだから頭が下がる。
感謝の気持ちがあらためて湧いてくる。
さて 到底私にはこのミシンを扱えないのだが、恐れながら布を置いて押さえを落とし、針を沈めて運針を試みてみる。
針は落ちたが、そのまま浮かんでこない…。
あのブァッフアローの音が久しぶりに聞きたかった。
残念。
やはり長い時間動いていないとダメなんだな。
あちらこちら触ってみて動かしてみたかったが、ダメのようだ。
そのうちどこのネジだかが、ポロリと、転がり落ちた。
これ以上触ると復活できないまでにしてしまいそうなので、仕舞う事にした。
本体や台など綺麗に拭いて風呂敷にくくって仕舞った。
ネジがポロリと落ちるのを 父の姿が、重なった。
ネジひとつくらいならまだまだ大丈夫だ。
頑張って活躍しても使えなくなったり
壊れたりしてくるんだな。
父の、母の 立派な姿をミシンに見た。
ミシンはずっと私といっしょ。
大切に持ってまわりたい。