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居酒屋繁盛異聞 旅が好き〜列車居酒屋〜         P8

1.黒田 誠 オープン記念キャンペーン⑦

財布を入れた前座席のポケットの上の方にはテーブルが畳まれた状態でセットされている。
俺も彼女もテーブルを広げてトレイをセットした。
改めて座席に座ってみたがちょっと狭い気がする。
なのに感染症対策で透明なビニールのカーテンが座席と座席の間に引けるようになっていた。
つまりビニール製のカーテンで座席ごとに隔離される方式だ。
何となく残念な気分で彼女と俺の間にカーテンを引いて座席を分ける。

「すみませ〜ん。座席後ろに倒していいですか?」
彼女が後ろの席の人に声をかけていた。
「良いですよ」
良かった。快く承諾してもらえたようだ。
俺も同じように声をかけ背もたれの角度を調節する。
辺りを見ると同じように椅子の背もたれを調節している人がちらほらいた。

『マウンテン号、まもなく発車いたします。どなた様もお乗り遅れのございませんように…。
次の駅は『ジェミニ駅』です。到着予定時刻は19:00です』

発射ベルが臨場感たっぷりに辺りに響く。

まさか動くのか…
これで本当に客車が動いたら俺は驚愕のあまり失神する自信があるぞ…。
妙な緊張感で嫌な汗まで流れ出す。

が…当然、動く訳がない。
実際にはホーム側のドアが閉まっただけである。
外の景色は1ミリだって動かない。
動かないのが当然なのに…今度は何故か列車が動かないほうがおかしいような気分になってきた。

BGMなのか微かに列車の走行音が微かに流れている。
「黒田さん。乾杯しましよ」
ビニールのカーテンごしではあるが関口さんはマスクを外しグラスを掲げている。
…彼女のマスクを外した顔初めてみた。
割りとかわいい…。
「そうですね…」
俺もトレイからグラスを外して掲げた。
内心ちょっと動揺していたが何とか悟られないようにと視線をグラスの模様に向ける。

居酒屋繁盛異聞 旅が好き〜列車居酒屋〜         1.黒田 誠 オープン記念キャンペーン⑧

 へ続く。



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