私が「障がいがある人」にこだわる理由
ゆめおいです。
ずっと温めてきた記事。長くなります。
さて、今日は私が「障がいがある人」にこだわる理由をお伝えします。
あくまで私個人の経験から生まれた言葉ですので、あたたかな心で読んでくださると嬉しいです。
まずは私の家族の紹介を。
私の母は統合失調症という精神障がいがあり、父は交通事故に遭って身体障がい者でした。
母とは私が7歳の時から会っていません。
父と母が離婚したの私が7歳のとき。
離婚したその年に父が交通事故に遭いました。
今でも病室でたくさんの管に繋がれた父の姿を鮮明に覚えています。パパっこだった私は泣きじゃくれました。父の両親(おじいちゃんとおばあちゃん)から聞いた話によると、すぐ良くなるとお医者さんに言われたそうです。
でも、そこから15年間、父は寝たきりの状態で身体で動く部分は舌と目と少し首、そして手のひらのみでした。舌と目を使って主にコミュニケーションをとっていました。
今でもどうして父が事故にあったのか、その後父はどんな状態になったのか、どんな病気や障がいがあったのか分かりません。
15年間寝たきりでも父は必死に生きて、一昨年の父の誕生日の10日後に亡くなりました。
そして未だに父と母が離婚した理由はわかっていません。母が統合失調症だったからなのか。そこもわかっていません。
「障がい」ってなんなのか。
私にとって障がいという言葉は、「誰にでもある個性」という言葉が「違った意味」に変換されたものだと思っています。
父も母もきっと世間で言われる障がい者であったと思います。でもそれは父と母自身であって。
障害があろうとなかろうと、父も母も私にとっては父と母で。何も変わらないなあと。
家族でずっと一緒にいたからこそ、父が障がい者だと思ったことは正直ありませんでした。
それからは、父の両親に育ててもらいました。
本当に感謝してます。
障がいって本当に他人事ではなくて。
私が小学校の時に通常学級で同じクラスだった友達みたいに、生まれたときから障がいがある人もいれば、私の父みたいに交通事故に遭って障がい者になった人もいる。
障がいを身近に感じることができるか、それとも偏見の目で見るのか。それは育ってきた環境に左右されると思います。自分の生きてきた人生の中に障がいがある人と関わってきたかそうでないかで、障害がある人への関わり方が違う。そりゃそうだ。関わったことがなければ何も分からない。当たり前のこと。
だからこそ、私は障がいがある人と小さいときから関わりをもつことが大切だと思う。
今話題のインクルーシブ教育、共生社会。
幼稚園、小学校の通常級に障害の有無に関わらず子供たちが一緒に過ごすことで、これからの社会が大きく変わってくるのでないでしょうか。
自分はまだ24年間しか人生を歩んできてないけれど、障がいがある人の家族として、特別支援学校の先生として、通常級で共に障がいがある友達と時間を過ごしてきた人として、伝えられることはたくさんある。
だから、私は「障がいがある人」にこだわり続ける。自分が体験してきたことを伝え続けることで、何か役にたてることがあるかもしれないから。
そしていつかは、本当のインクルーシブ教育を実現する人になれるかもしれないから。おんなじようなことを考えている人と繋がることができるかもしれないから。通常級に当たり前のように障がいがある子がいて、適切な合理的配慮を受ける。障がいがない子が当たり前に障がいを受容し、当たり前に助け合える。いつかそんな楽しい日々を学校というかけがえのない子供達の時間で築き上げることができたら。
そんな社会はすごくあたたかくて、楽しいはず
2020年も楽しかった、とても!
今年もたくさんの人と楽しい時間を過ごせたことに感謝して。そして記事を読んでくださったり、目を通してくださった皆さん、スキを押してくださったみなさんに感謝して。
今年の投稿はこれにて終了!
良いお年をお迎えください。
2020.12.30 ゆめおい