憧れの給食袋
アイロンをかけるものが溜まってしまった。
わたしはズボラな性格で、基本的に「丁寧な暮らし」には程遠い。
アイロンをかけながら、小学生の時に先生が言っていたことを思い出した。アイロンする時にはたいていそのことを思い出すのだ。
「見てください、あきこさんの給食袋はいつもピシッとしていますね。こういうところであきこさんのご家庭がきちんとしていることがわかりますね。」
先生がみんなに見せたあきこちゃんの給食袋は、美しくアイロンの折り目がついていて、いかにも清潔だった。
給食袋とは、机に敷くナフキン(ランチョンマット?)を入れる布の袋で、当時は家族の手作りの物を使っている人がほとんどだった。袋だけではなく、あきこちゃんのナフキンも、とても綺麗にアイロンされていた。(今思えば、糊付けしていたのかな?)
私も毎日ちゃんとアイロンをかけたものを持たせてもらっていたけれど、あきこちゃんのほどピシッとなってはいなかったし、あきこちゃん以外の子はみんなそんなにピシッとしていなかったのだと思う。
用途から言えば、ピシッとアイロンがかかっていなくても、清潔で、くしゃくしゃでなければ全く問題はないはずだ。給食袋が綺麗にアイロンされているかどうかなんて、先生に言われる瞬間まで私は一度も考えたことすらなかった。だけど、先生の言葉を聞いた途端に、あきこちゃん、というかあきこちゃんの家庭がすごく素敵に思えて、羨ましく思った。
先生はまさか教え子が何十年もその時の先生の言葉を覚えていることになるとは思っていなかっただろう。私も、どうしてそのことを今でも覚えているのかわからない。先生が教えたいと思ったことは、ほかにいくらでもあったはずなのに。
でも、とにかく、アイロンの仕上がりみたいな部分で「きちんとしているか」を人が見ているということに初めて気づいて、目からウロコだったのだ。
たぶんその時からずっと、誰も見ていない部分まで身の回りや暮らしをきちんとしている人にずっと憧れている。
だけど、アイロンするものを溜めてしまって、やっつけ仕事でアイロンする私はちっとも憧れに近づけていない。私ときたら、出かける間際になって、その日着る服の見えるところだけちゃちゃっとアイロンして済ませたりしてしまう。例えば、セーターを着て絶対脱がない日だったら、シャツの襟とか袖口とか見えるところだけアイロンするのだ。
あ~、恥ずかしい。
自分ができないからこそ、強く憧れるのかもしれない。
さあ、深呼吸して、残りのハンカチは丁寧にアイロンしよう。