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アップルパイ back number エッセイ

妻の喜ぶ顔が見れるだろうかー。
そう思いながら仕事終わりに店のテイクアウトコーナーに並ぶ僕。

僕たち夫婦に子供は居ない。それでも6年の月日が流れ、二人で上手いことやっていってる。 
上手いこと、というのは決してずっとラブラブな感じでは無い。持ちつ持たれつ、お互いを尊重して支え合っている感じだ。

「ごめん!初めてのデートなのに!」
今から約7年前、つまりお互い大学1年生の時に僕たちは出会った。
「こちらこそ、ごめんね!調べとくべきだった!」
そう言う彼女は申し訳なさそうに、それでもどこか、ふんわり微笑んでいた。
タルトケーキ専門店に行きたいの、と言ってた彼女を僕がデートに誘い、1週間後の10月初旬、電車を乗り換えながら辿り着いた先は、あいにく定休日だった。
前もって彼女から行き先を聞いて調べておくべきだった。が、その後悔はもう遅い。意気込み過ぎた肩が落ち、呆然としてしまう。
男としてリードしなければ、と思うが言葉が出てこない。

「あの、もし良かったら、さっき通った道にアップルパイが売ってたけど、買って公園で食べない?」
彼女がそっと代案を投げかけてくる。僕はすぐにその案は浮かばなかったが、彼女が食べたいと言うなら付き合うに決まっていた。
「そうだね!せっかくだし甘いモノ食べよう!」
すぐ返答し、また彼女の顔を覗き込んだ。
良かった、笑っている。

その日食べたアップルパイは思っていた金額より高くて驚いた。財布は一つしか使わなかったが、選ぶ姿が可愛らしくて喜んで支払った。
定員が温かい出来立てを用意してくれ、紙皿にプラスチックのフォークも添えてくれた。
二人で並んで食べたアップルパイは僕の人生で一番美味しいと感じた。
彼女は変わらず、頰が上がりっぱなしだった。


「アップルパイ買ってきた」
ただいま、の後すぐに落ち着いた声でそう伝え、そっとビニール袋を手渡しする。
「ああ、おかえり。ありがとう。それより晩ご飯は?」
結婚半年が過ぎた頃には塩対応をされ始め、今日も変わらず淡白だ。
「ご飯食べたら一緒に食べない?」
そう誘うと、妻はそうねぇと言いながら、せかせかと食事の準備を始めてくれた。

あの公園で食べた様な貧相な見た目では無く、新婚当初から使うお揃いの食器に盛り付けてくれた妻は
「美味しそうなアップルパイね」
冷めたアップルパイを見ながら、温かくそっと微笑み、アッサムティーを用意してくれた。

「もしかしたら甘酸っぱいかもね」
僕はそう言いながら、前に座る妻を見る。
そうかもね、と呟いた妻は続けて
「でも、甘酸っぱいってどんな味だっけ?」
と、ニヤリとした笑顔で尋ねてきた。その顔を見ると僕はいつもつられて笑ってしまう。

あの日、僕は公園でアップルパイを食べた後すぐ、お付き合いをして下さいと告白をした。

時折風が吹くと肌寒く感じる午後に食べた温かいアップルパイは、まるで僕の気持ちを表すかの様に甘酸っぱかった。
その味が最後の勇気を出してくれた。

告白した後、彼女は言った。
「私も同じ気持ちだったよ」
自分のことを多くは話さない彼女は照れた様に話す。
「このアップルパイの味、私好きだな。恋してる、って感じの味がする」
「恋してる味、、?」
「温かいから尚更そう思うのかもしれないけど、私にとってはそんな味かな!なんて!」
照れながら早口になり、ニヤリと笑う姿を見て笑ってしまう。
「僕も甘酸っぱい、この味は恋の味かも」

お付き合いして1年経った後も
落ち着いた雰囲気の彼女が、僕の隣で笑う姿を、その笑顔をずっと一番近くて見続けたくて、自分のものにしたくて、
僕は一緒に居ることを誓った。
 
結婚して早6年。
どう思われているかなんて確認はしない。
でも、たまに買うアップルパイを食べてはお互いの気持ちを確認するかのように 
一緒に食べて、笑う。

「アップルパイって冷めても美味しいよね」
「そうよね。私、冷めたアップルパイも好きよ。味は変わらないし」

そう、僕たちの相手を想うこの気持ちはこれからも変わらない。


甘酸っぱいってどんな味だっけ
そんな事言われても僕はもう
逆さになって跳んで
はねたって何も持ってやしないよ
ああ永遠に君の事を
閉じ込めてはおけないものか
別に僕の家にとかじゃ
なくって心の話だよ
甘酸っぱいってどんな味だっけ
そんな事言われても僕はもう
逆さになって跳んではねたって
何も持ってやしないよ
お腹いっぱいの愛に飽きちゃって
秘密主義でクールな奴にでも
乱されたいって言うなら僕だって
もうアレをアレにするよ

歌:back number
リリース:2015
作詞:清水依与吏
作曲:清水依与吏

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