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あの日した約束を貴方は覚えていますか?/短編小説
「テッペン取ったら会いに来る。
それまで待っていて欲しい」
そう言った時の言葉と、雰囲気はかろうじて覚えているが、彼女がどんな表情だったかの記憶は正直ほとんど無い。
*
「佐倉、29歳のお誕生日おめでとう!」
「ありがとう、みんな」
「いやぁ、お前ももう29歳か早いな」
「本当に。ずっと一緒だから実感わかねーわ」
はははっと笑い合う仲間。俺のグループ。
アイドルとして4人でデビューして8年が経とうとしている今日、俺は誕生日を迎えた。
彼らは仕事仲間であり、下積み時代から共に励んだ戦友でもある。
俺は、彼らの人生と共に前へ進み続けた。
中学2年生の卒業と同時にこの業界に足を突っ込んで、もう早15年が経とうとしている。
「で。佐倉、お前な、この間女優の早川李音さんとデートしたんじゃなかったか?話聞かせろよ」
コンサート中や収録後に誕生日を祝ってもらう事にも慣れ、
デビューした3年間よりも落ち着いた仕事が熟ているこの頃、グループ内では恋愛の話が多少多めだ。
「っおい。どこから聞いたんだよ、その話」
バラエティ番組で共演することの多い彼女とは、確かに出掛けたが、「面白みに欠けるただの美人だな」くらいの感覚で、正直言って全く印象に無い。
「・・・でもまぁ、次回はお互いに無いかな」
それだけ伝えて、口を滑らせであろうマネージャーに一言文句を言おうと決め、その場を離れた。
*
「あ。佐倉さん。探しましたよー」
そう言ってマネージャーから手渡されたのは、紙袋1つ程のファンレターの山々だった。
「あ。ありがとうございます。あの、俺が女優の早川さんと出掛けたの、メンバーに言わないでって言いましたよね」
あ、あーははは。すみませんー。と相変わらずの薄ら笑いをされて、この人はそういう人だったと、何故か俺が改めて認識させられた。
「ところでファンレターなんですがー、一度一通り目を通して、似ている物は事務所に置いてますのでー、必要であればー、お伝えください」
誕生日メッセージのファンレターは有難い事に毎年多く届き、ラジオにもテレビ局にも届くからマネージャーとしては集計が面倒らしい。
口が軽いこと以外は、何一つ申し分ない程に仕事が出来るから、デビューする前から頼りまくっている。
あ、それでですねー。と続けたマネージャーは、眼鏡を掛け直した。
緊張している時にする癖だ。
「そのー、言おう言おうとずっと思っていたのですがー」
「うん、どうかした?」
「そのー、毎年必ず送られてくるファンレターがありまして。最初の頃は何も特に感じていなかったのでー、お伝えしていなかったんですがー」
そう言って、彼は手紙の束を手渡してきた。
「その方から毎年、必ずー、それも同じ言葉が送られてきていますー」
え。なにそれ怖いな。
そう思いながら、10年ほど前に届いたであろう封筒と、昨日届いた封筒の柄は色違いなだけの束を受け取る。
宛名は、無い。
たまに宛名が無いファンレターもあるが、内容や封筒が同じなんて事は無い。
売れ始めた2.3年の最近は、俺が覚えやすい特徴ある封筒で届くこともあるが、
デビューしてもいない頃からの同じ封筒は見たことがなかった。
「その、もしー、お知り合いなら、お伝えしておくべきかと思いましてー。それだけです」
忙しそうにバタバタ走り去る彼を見て、数多いファンレターの紙袋よりも、10束のファンレターの内容が気になった。
*
同じ封筒に、宛名が無い。内容は同じらしい。
それだけの情報で思い当たる人はいなかった。
親か?友達か?
そう思ったが、いやそんな事は無いだろう。
昨日届いた封筒を丁寧に開け、たった一枚の便箋を取り出した。
シンプルな、何も柄が無い、普通すぎる便箋に、丁寧な字で記載されていた。
"卒業式の日いつもの場所で"
文字を見た途端、誰が書いたか分かり、内容を読んだと同時に、確信に変わった。
"その方から毎年必ず送られてきています"
デビューする前から10年間、ずっと誕生日の日に送ってくれていた。
*
デビューするかも分からないが、5年間は下積みを経験し、これからも続けると決めた高校3年生の卒業の日、俺は確かに彼女と約束していた。
「卒業式の日いつもの場所で」というのは、俺が彼女に書いたはじめての手紙の内容だった。
そして、あの日に誓った。
「日本一のアイドルになるから、それまで待って欲しい」的な事を。
うそだろ?
つまり、彼女は毎年、19歳から29歳までの俺の誕生日に、俺が忘れないようにファンレターとして送っていたということか。
信じたくない様な、でも明らかに手紙の束が嘘ではないと物語っている。
*
俺の誕生日は3月1日で、高校の卒業式は平日だろうと3月3日と決まっている学校だった。
つまり、2日後。
え、今更だが、会いに行くべきか?どんな顔して会いに行けば良い?
そもそも、俺がアイドルやり続けてることや、たまに出る恋愛報道についてどう思ってるんだ?
でも、会いたい。
閉じていた蓋が開けられた今、
彼女に会いたい。
*
「何年待たされたと思ってるんですか?」
お久しぶりですねでも、こんにちはでも無く、疑問形で話し始めてきた彼女を見て緊張が吹っ飛んだ。
緊張していたのは俺だけじゃない。
彼女はアイドルの佐倉ではなく、ただの佐倉で良いと思わせてくれる何かがある。
高校の裏庭は俺の心の中を表すかのように、少し寒い樹々の中に一本の日光が照らしていて彼女が輝いて見えた。
「・・・なぁ、俺、テッペン取れてるか?」
「急な質問ですね。知らないですよ、そんなこと。そう思ったから会いに来たんじゃない無いんですか?」
「あ、いや。そう・・・だな」
「歯切れ悪いですねぇ。今じゃ国民的アイドルグループの一員なのに。ってか、こんなところに来て大丈夫なんですか?」
「ん、あぁそうだな。ちょっとばれたらやばいし、時間的にも無理して来てるから、実はもう帰らないといけない」
「あ。無理して来てくれたんですね、ありがとうございます」
「いや、10年も待たせていたのは俺が悪いから」
ずっと会っていなかったが、たまに彼女の噂話は風に乗って聞いていた。
大手の外資系の会社で働くエリートクラスの女性らしく、きっと今日は彼女も無理してきているはずだ。
悪いな、そう思わずにはいられなかった。
「私、別に謝って欲しい訳じゃないんですよ」
そういうと、俺の目を見て彼女は続けた。
「ずっと応援していた佐倉先輩がデビューして本当に嬉しかったです。
別に私はファンクラブに入ってるわけでもないですし、ただ同じ中高の後輩で、連絡先も知らないですし、忘れられていても当然だと思ってました。
でも。
でも、どうしても思い出を思い出のままにしたくなくて、1年に1度だけファンレターを書いていたんです。一途過ぎて怖がらせちゃったかもですが。
けど、約束は覚えてますか?
・・・もし覚えていないなら、この話はこれでおしまいで、バイバイしましょう」
そう明るく話す彼女は、どこか先ほどとは違う緊張感あふれる話し方をしてきた。
「約束っていうのは、俺が君にした約束だよね。覚えているよ」
覚えている。これだけは、覚えていた。
会う事が無い限り、もう叶うことは無いと思って蓋を閉じていた。
「え・・・。覚えてるんなら早く会いに来なさいよー」
そう拗ねる彼女は、敬語を忘れ、嬉しそうに、でもどこか不安そうに、真っすぐこちらを見れていない。
「その、本当に良いのか?俺、一応芸能人だし」
・・・迷惑かけるかも。そういう前に
「良いか悪いかは私が決めますし、私こそ迷惑かけるかもしれないからお互い様ですよ。
でも、とりあえずは友達から再開しませんか?」
そう、だな。
そう呟いてからは、もう時間だからかマネージャーから催促の電話が鳴りやまなくて、彼女を困らせた。
「確認だけど、結婚前提に友達から再開するってことで間違ってない、よな?」
そう伝えると、なんだ本当に覚えていたんですね、と学生の頃に俺が本気で惚れ続けた笑顔で返された。
「そう。私、もう28歳なんだから。一般女子の気持ち、ちゃんと考えて下さいね」
そう言われながら名刺を渡され、いつでもご連絡どうぞ、家は港区ですから。と伝えられ、あっけなくバイバイをした。
*
「俺、結婚することにする」
あの日から9か月が経った秋頃、会社の役員とマネージャーと、メンバーに言った時は反対しかされなかった。
どこの虫だと、どこの芸能人だと。
焦るなと、お前はまだ30歳で、アイドルとしてまだまだこれから稼ぎ時なんだからと。
確かに。
でも、何を言われようが俺は翻ることなく進めた。
もう随分前から約束してしまってたんだよ。
俺が花咲く前から、華になる事を俺以上に信じて、願って、待っていてくれた奴が居て、俺にはそいつが必要なんだ。
認めてくれ。
そう頭を下げ続け、下げ続け、1年後ようやく認めてくれた。
「君が30歳になるまでに、僕が必ずアイドルとしててっぺん取るから。
その時は、結婚してほしい。
まだ付き合ってすらないけど、僕は本気です」
そう約束した彼女への誕生日プレゼントに、プロポーズは間に合いそうだ。
チョコレートに牛乳
芸能界の友人が一人も居ないので、全くの架空。
アイドル好きの私ですが、
アイドルは結婚しても良いと思っているので、
何歳だろうが良い相手が居たらどうぞ結婚して欲しい。
そして、運動や歌が上手で、顔の良い遺伝子を残していって欲しい。
3月3日。
本当に私の母校は、この日にしか卒業式をしない学校です。
後輩たち、ご卒業おめでとうございます。
未来へ、はばたけ。