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二人乗りの体温が冷めた時には/短編小説

深夜25時。
11月の肌寒い時期に、彼は自転車で私の家まで送ってくれている。


駅周辺にはやはり若者は多く、少し騒がしい。一歩住宅街に入ると、さっきまでとは真逆の静けさで若干怖くなる。
彼の家から私の家までは自転車で15分の距離。
その時間だけは、私のものだ。そう思えた。


二人乗り。



「この時間だから警察は居ないだろうし、夜だし送るよ。後ろ乗って」

そう言われて乗った二人乗り自転車。どこを掴めば良いのか分からず戸惑った。

「ねぇ、どこ掴めばいい?」

「ん?服に掴まってくれても良いよ。そんなに飛ばさないし、大丈夫」

そう安心させられる言葉を投げられたが、本当に掴んでいいものなのか分からずにいた。



何故なら私たちは付き合っていない。

いや、私は彼の浮気相手で、彼には彼女が居る。

私が部屋に行く度に、写真立てが下向きに閉ざされていた。
最初はそんなことも知らずに、裏返ってるよと好意で戻そうとしたが、違うとすぐに分かった。
知らなかった。苦しい感情で胸が痛かった。

「・・・彼女居るんだ」
そう呟いた時に、タイミングよく聞かれずにいた事を良い事に、ずるずると3か月もの間、浮気相手を楽しんだ。


いつまでこうしていられるだろうか。
いつまでこの儚い夢を追いかけられるだろうか。
いつまで。そう思えば思うほど、この二人乗りの危なさと似ている気がしてならなかった。



「寒いね?」

「もう11月半ばだし、寒いねぇ」

スピードは無くても、自転車で深夜に走行したら、間違いなく運転している彼は寒いだろう。
でも気温だけが寒い訳では無いと私は思っていた。

「なら、さ」

そう彼は言い、右手を後ろに回して私の右手を掴んだ。
とても冷たい手をしている。

「ほら、ここに掴まってくれたら温かい」

その後に、左でも同じことを繰り返し、私は彼の腰を抱きしめる体制になった。


確かに温かいが・・・近い。心臓の音が聞こえそうだ。

そう思った時には遅かった。

「めっちゃ心臓の音聞こえてる!心拍数早ない?」

そう高笑いをされ、でも俺も。とそっと呟き

「俺の背中に耳くっつけてみて、俺の心臓の音も聞いてや」

とスピードを落としながら言ってくれた。


ふふふと笑い合い、この時間がずっと続けば良いのに。そう願わずにはいられない、たまらなく愛しい時間だった。



あぁ、何でこの人には彼女が居るんだろう。
こんなにも好きなのに、こんなにも愛されているのに。
そう思わずにいられない、手放したくない温かさだった。


ぎゅっと腰に掴まり、耳を近づけ、彼の背中と私の胸の距離をなくす。
心地が良く、まもなく着くであろう家が、一生現れて欲しくなかった。


「あたたかい」
ん。そうだね。そう返され、
この控えめな温かさと、危なさが、まるで私たちの恋のように思えた。



・・・きっと彼は彼女とは別れない。分かりきっている事だ。

私が幸せになるには、どうしたら良いかはずっと前から分かっている。

だから。



「ねぇ、私・・・もう貴方の家には行かないことにするよ」

そう背中越しに伝えた。

彼の顔色は分からない。が、自転車のハンドル操作を誤る事は無かった。
代わりに、彼の心拍数は上がってるのが分かった。
いや、私の心拍数が上がったのか?分からないが、返事はすぐには来なかった。


「・・・分かった」


聞こえなかったかもしれない。そうだったなら、私はまた彼の家へ行くだろうな。そんなことを考えていた時に一言だけ呟かれた。


重みのある言葉で、その一言が私たちの軌跡をすんなりと終わらせた。



「着いたよ」
そう言われて目を開けると、街灯が一つだけの夜道に私の住むマンションが目の前にあった。

目を閉じて彼の心臓の音を聞いていたから分からなかった。

だめだ、涙が出そうになる。こらえろ。
涙は出すつもりはない。出す程の関係性でもない。

「ありがとう送ってくれて、ごめんね遠いのに」

「全然」


もう私たちの間に関係は持たないでいよう。
そうお互いに思っていたのか、立ち話をすることは無かった。


「じゃあ、ほら先に家に入って」

「いや、見送るよ?」

「いや、良いんだって。最後ぐらい、な」

その言葉の裏には、「俺がお前を幸せに出来ないから」という謝罪が込められている事くらい私でも分かった。


「・・・うん、じゃ。ありがとう」

「こちらこそ」

「・・・彼女さん、大切にしてあげるんだよ」

「うわ、そういうところ。そういうのお節介って言うんだよ。お前にだけは言われたくねぇし」

ははははは。

お互い本気ではない高笑いをして、涙目は欠伸という言い訳をした。


それでも、ありがとう。


彼の顔を見ながら、心の中でもう一度だけ言って、私は彼から背中を向けた。

ばいばい。




マンションに入り、すぐに2階へ上がる。
急いで部屋からベランダを行き、さっきまで私たちが笑い合った場所を見下ろした。

そこには、11月半ばの深夜25時、街灯が一つだけの夜道だけが見え、
私の胸の高鳴りと彼の体温の温かさも、消えていた。




チョコレートに牛乳



二人乗りはダメです。良い子は真似をしないように。

事故にあってからだと遅いので。


といっても、フィリピンでバイク4人乗りをして楽しんだ記憶が、ここ1年以内にあります。
楽しかったですが、若かったな。笑



学生っぽくしたくて書きましたが、どうだろうか。学生感ある?笑


ちなみに、耳をすませばの画像ですが
いろいろ検索してみて一番求めている画像に近かったので使ってます。
ジブリさんお許しください。





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