毛呂山町の紹介「新しき村」
新しき村が誕生したのは、1918年。「友情」や「お目出たき人」
などの小説で知られる作家の武者小路実篤(1885~1976)が
構想を発表し、共感した人が集まって一緒に暮らし始めました。
最初は宮崎県木城町につくられましたが、
20年後にダムの建設で一部が水没してしまうことになります。
そのため、埼玉県に第2の土地を求め、多くの人が移動することになりました。
宮崎県でも水没を免れた土地で活動は続き、今は3人が住んでいますが、
新しき村の中心は埼玉県入間郡毛呂山町葛貫に移りました。
2018年、「新しき村創立100周年記念」として
盛大な行事が行われました。
新しき村美術館と売店を紹介します。
なお、両者の「新しき村」の繋がりから
宮崎県木城町と毛呂山町は「友情都市宣言」されて
いて、定期的な交流があるようです。
新しき村が100年以上続いたのは
「仲間割れが無く、何か起きても罰を与えることは無かった」
と研究者の記述があります。
毛呂山町の村内会員数は、現在はわかりかねますが
研究者の調査2018年時点では、6世帯8人とあり
高齢化の一途を辿っています。
文化を支えるには、全国にいる200人近くの
「村外会員」の存在で、会費を払えば
誰でも入れます。
これからは多くの「村外会員」が新しき村の
文化を継承していくことが想定されます。