英国で移民に混じって勉強してみた話 2
こんにちは
10年ほど前、イギリスのヨークシャーに2年住み、移民の学校で英語を勉強したときの体験↓是非読んでください。
長いテストの末に配属されたのが移住歴の長い人が多いクラスだったので、みなペラペラ英語でおしゃべりをしていた。
私と韓国人のおじさんは無口を貫くしかなかった。
なので、たまにおじさんと2人で話をした。
私が何しに来ているのか尋ねると、
奥さんが国の制度で留学できることになり、自分は息子2人のお世話をするため会社を辞めてきた
との答え。
息子さんはまだ小中学生くらいで、イギリスでは学校にも送迎が必要。一人で歩くことも許されない年齢だから、たしかに学生の奥さん1人では無理だ。
でもそしたら、韓国にいる方が楽じゃない?と思った。
仕事辞めたの?!
と、私がびっくりしても、
そう。と、おじさんはニコニコしている。
まだ専業主婦が半分いる時代だったので、私は、
奥さんのために仕事辞める???
と、不思議だった。
しかし、しばらくして気づいた。
当時はまだそれで家族もVISAがおりた時代。
教育競争が日本以上ときく韓国。
息子2人に英語を習得させるためにその手段をとったのだな、と思った。
そんなこんなで授業が始まる。
プリントが配られ、それを読んで意見交換をしてみる。みんな、アツイ。
アツイ国の人が多いので
筋の通っている意見から全く通らない意見、さらには全然関係ないことまでしゃべりまくる。
私はあてられたときしか話せない。しかも、ひと言返しだ。そのほかはみんなの話を黙ってきいていた。
なぜ私はこんなクラスにいるのだ…下のクラスがいい…。
先生が、自分の意見をまとめて書いてみよう。と言うので、
私は鉛筆を握りしめ、つたない文章力で書き始めた。
となりのペラペラなイラン人に呼ばれた。
そして質問された。
プレイ、ってどう書くの?
衝撃だった。あんなにしゃべるのにplayを書けない?
とまどいながら、私は教えてあげた。
お礼を言われた。
その後、私はスペルを知ってる人として認識され、
さまざまなつづりを教え続けた。
しかも彼らは覚えないので、何度も。。
それでわかった。
この人たちはしゃべるけどペーパーテストは出来なくて、
わたしはしゃべれないけどペーパーテストがめっちゃできたんや…
日本の英語教育、偏りすぎやろー!
と、心で叫んだ
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