アンチ・マンハッタン


誰かが死んだ。誰かが路地裏で死んだ。
それは私に関係のないことで、その時に私は多分、明日の朝ごはんとか、ストリッパーのペニスとか、この街の行く末とかを考えてたと思う。

私がその死人に会ったのは、朝ごはんを食べ終えて午後になってからだ。これから盗みに入る家のことを考えながら、もやの晴れないディーノニクス通りを西へ進んでいて、ちょうど蒸気を噴きながら走る馬車とすれ違った時だった。

死体なんて見慣れている。はっきり言ってアンチ・マンハッタンで死体を見ない日なんてない。治安も格差もぶっ壊れてるこの街では、倫理観が湯気ほどもない蒸気貴族共が娯楽目的で貧民を買っては殺す。そして路地裏に捨てていくのだ。

そんな死体は大抵、性器が切り取られていたり、バラバラだったり、闘争の跡が見られたりするが、私がその日見つけた死体は、それらとは全く違うものだった。

『全て私のせいです』

その男の体にはそう書かれている。髭面。痩身。手と足には釘。頭にはトゲのある植物で出来た冠。致命傷は脇腹の傷だろうか。
私は手を伸ばして絶命した顔を正面に向かせ、顔相を見た。舌打ちする。

聖者(セイント)だ。

この街は、この街は、アンチ・マンハッタン。過去も未来も無い街。正方形の蒸気の都。暴力と停滞とモルヒネのメッカ。

記憶を漂白する副作用を持つ海製モルヒネによって、因果と事象の壊れたこの街は、斥力を失ったかのように巨大な星を引き寄せる。

歴史上現れるはずだった、聖者、覚者、偉人。それらがランダムに、無秩序に、巨大な力を伴って現れる。12年前のツブラヤ事件では20万人の死者行方不明者が出た。7年前に現れたバイシャ某は癌を根治する薬を開発した。

この路地裏で死んでいる聖者が何者か、私は知らない。

「アンタどうせ、自分を殺したやつを恨んでないんだろ」

(YES)

「そうは言っても、私も商売だからね」

予定は変更。午後はコイツを殺したやつからの『取り立て』だ。

【続く】

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