夢の続き。
地下鉄の駅は、刺すような寒さと、気怠げな温さで満ちていた。
ホームには数分後の電車を待つ、人、人、まばらに人。皆スマートホンをみて下を向いている。それは見知らぬ他人とは全く関わりを持ちたくないがために自分用の空間を作り出す儀式のようだ。
私もそうだ。下を向いてやりたくもないゲームを起動して、やりたくもないイベントをこなす。改めて考えると人生みたいだ。
私がこうなったのはいつからだろう?人より際立った不幸もなく、人に比べるような幸福もない。ただ仕事をして、それなりに充実して、彼氏と結婚して、仕事を辞めるか辞めないかして、子供を産んで、それなりに幸せに死ぬんだろうと、なんとなく分かる。
うんざりだ、と心が叫ぶ。このままがいい、と心が窘める。毎日毎日、それだけは変わらず考える。
私は間違いなく幸福な一人だ。これに満ち足りて、この人生を外れずに、自分の心の奥底にある、憎悪に似た灯火に気づかないように生きるべきだ。
私は「は。」と声に出して笑った。笑い捨てた。何故なら今、私の手の中に檸檬があって、それが爆弾だったらどれほど痛快であろうかなどと白昼夢を見たからだ。
電車が来る。ここから身を投げるように、この人生を捨てられたらどれほど痛快であろうか。
プシュー、と空気音と共にドアが開く。私を押しのけて電車に乗ろうとする男とぶつかる。私が怒りと共にその男を見ると、その男の首は落ちた。
血が噴き出し、横の女性が一息遅れて悲鳴を上げる。私は、私は笑った。
煩い悲鳴を上げる女性は脳天から股まで唐竹割りになる。「あ、」と声を上げた若い男は腹を横一文字に切り開かれ腸を溢し、それを拾い集めようと「ああ、ああ、」と情けない声を出しながら屈んだ。
老人の顔面が削ぎ飛ばされる。目の端にキラリ、と光る白刃が見えた。何か?私は目を凝らした。黒の風が電車を跳ね回る。地下鉄の駅を一陣に包み込む。それは忍者だ。忍者が人々を殺戮している。
「ははは」
私は笑った。逃げようとする人間から、叫び声を上げた人間から、順番に殺されていく。首、面、袈裟、突き、時には微塵。ホームは真っ赤になり、溜まりきった血が電車とホームの隙間に流れ出していく。
咽返るような臓物の臭い、劈く悲鳴、白刃のぞっとするほどの美しさ。
この夢はなんて素敵なんだろう。檸檬が爆発するより、東京に怪獣が上陸するより、もっともっと無意味で非道で残酷だ。
もしも目が覚めたら、今日のことを小説にしよう。忍者は全てを殺して、闇に消えるのだ。誰にも知られず。
私の目が見たのは、白刃。それが私の、首に、喉に、頚椎に、
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