しーちゃんとまいごのカラス
「カァー、カァー』
外でカラスの鳴き声がしました。
すると、カラスに襲われた時のことを思い出したあーちゃんが言いました。
「カラスは賢くて危険な鳥だから、カラスを見かけても、しーちゃんは絶対に近づいちゃだめよ!」
「どうしてきけんなの?」
「随分と前のことだけど、あーちゃんが自転車に乗っていた時、カラスが急降下して来て攻撃して来たことがあったの。カラスがあーちゃんの頭を何度もつついて襲って来てね、怖かった。あの時、カラスは自転車籠の買い物袋を狙っていて、きっとお腹が空いていたんだね」
「それでどうなったの?あーちゃんはだいじょうぶだったの?」
しーちゃんは不安そうな顔をして聞きました。
「うん。全速力で逃げたよ。振り返ったらカラスはもういなかったから、あきらめたんだと思う」
それを聞いていたママが、話に参加してきました。
「ママも襲われた経験があるよ!高校生の時だったかな。歩きながらタイ焼きを食べていたら、突然カラスが空から飛んで来て、あーちゃんの時と同じように、ママの頭をつついて攻撃して来たのよ!両手で頭をかばったら、手に持っていたタイ焼きを奪って飛んで行っちゃった!」と、その時のことを悔しそうに話してくれました。
「ままが、あるきながらたべるからだよ~」
「あはは」
ママは少し、ばつが悪そうに笑いました。
それから、あーちゃんは※にいにの事件の話もしてくれました。
〈※にいにとは、あーちゃんの息子で、ママの弟のことです。しーちゃんは叔父さんのことをにいにと呼んでいます〉
「にいにもね、カラスに悩まされた時期があったのよ。その時に住んでいた家は、玄関を出ると目の前が狭い道路でね、その向こう側が空き地だったの。そこにはいつも車が数台止まっていて、空き地の向こう側には確か、鉄線とか低い塀とかがあったかな・・」
「うん。そんなだった」
それにはママが答えました。
「にいにが中学生の頃、いつもその空き地を通って学校に行っていたんだけど、いつからか、一羽のカラスがにいにを待ち伏せするようになってね。毎朝毎夕、にいにが空き地を通るたび襲い掛かってきたの。遠まわりしようとしても、玄関を出たところにそのカラスがいるからそれも出来なくて・・。それでどうしたものかと、あーちゃんは考えて、いい方法を思いついたのよ。それはね、朝、家から空き地の向こうまでビニール傘をさして行って、傘は塀に立てかけておく。そして、学校帰りにまたその傘をさして戻るというわけ。最初、カラスはビニール傘に激突してきたけど、その内にあきらめていなくなってくれて作戦は大成功だった!ただね、ビニール傘を置いておくたびに誰かが持ち去ってしまうから、何本買ったかわからないの」
そう言って、あーちゃんは笑いました。
「へぇ、そんなことがあったんだ。知らなかったよ」
この事件は、ママも知らなかったようです。
この時のしーちゃんの頭の中は、カラスが空から急降下する映像でいっぱいになっていました。
翌日の日曜日。
あーちゃんの家で週末を過ごしたママとしーちゃんは、夕方、見送るあーちゃんとバス停に向かいました。
しーちゃんは、ママとあーちゃんよりも先に走って行ったのですが、なぜか途中で立ち止まってしまいました。
二人が追い着いてみると、そこには小さめのカラスがいました。
しーちゃんは、昨日あーちゃんが言った「カラスを見かけても絶対に近づいちゃだめだからね!」という言いつけをちゃんと守って距離をとっていたのでした。
「まだ子どものようね。あれ?怪我してるみたい」
飛ばないカラスがぴょこん、ぴょこんと移動するのを見てママが言いました。
「カラスのママがどこかにいると思うけど、見つけられるかしら」
「このカラスはまいごなの?」
「そうみたいだね」
怪我をして飛べないカラスは怖くはありませんでした。
迷子らしいとママが言ったので、しーちゃんはとても気になったのですが、バスの時間があったので仕方なくその場を後にしたのでした。
あーちゃんがしーちゃんたちが乗ったバスを見送り、カラスがいた場所に戻ってくると、その姿はありませんでした。
あの怪我の様子では遠くには行けないだろうと、低木が並んだ隙間に目をやると、先ほどのカラスが隠れながらうずくまっていました。
『そこにいては、誰にも発見してもらえないよ・・でも、私は勇気がなくて助けてあげられない・・ごめんね。でも、どうか生き延びて』
あーちゃんは、心の中でそう思いながら帰りました。
それから一週間後。
あーちゃんは、しーちゃんとママを迎えにバス停まで歩いて行きました。
そして、あの低木が見えて来ました。
『あ、あのあたりだ・・・』
あーちゃんは、怖くて見ることができず、その場所を早足で通り過ぎました。
しーちゃんとママがバスから降りて来ると、早々にママが「しーちゃんが、これ書いたの。何だかずっと気になっていたみたい」と言ってメモ帳をあーちゃんに見せました。
そこには
と書いてあったのです。
「あーちゃん、からすは? みてない?」
ママには話したけれど、
『しーちゃんには何て言えばいいのだろう・・』
あーちゃんは悩みましたが、あの日のことは見なかったことにしました。
「あれからカラスは見かけないよ。お母さんが迎えに来て、お家に帰ったかもね」
それは、本当にそうあってほしいというあーちゃんの気持ちから出た言葉でした。
「そっかぁ、じゃあ、けがもなおってるかもね!よかったぁ~」
あーちゃんは繋いだ小さな手の温かさを感じながら、
『きっと、どこかで生きている』
と心の中でつぶやきました。
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