ジャガンナート戦車で行く悠久の旅路
インドの中央東岸、ベンガル湾に面した地域にあるオディシャ(オリヤ、オリッサ)州にはヒンドゥー教と土着信仰が習合した宗教があり、プリーという町にはヒンドゥー教の四大聖地に数えられるジャガンナート寺院があります。
この寺院の名を冠する祭神がジャガンナートと言い、その姿は愛らしくコミカルなキャラクターの様でとても親しみやすく、恐らく世界中どこを見渡してもこんなに可愛い神様は存在しないと思います。
なのに、ヒンドゥー教でも最高位に近いヴィシュヌ神やクリシュナと同一的な扱いをされるそうなので面白いところです。
そのジャガンナートというのがこんな姿なのですが、
あ、この話すごく長いです。
この寺院のお祭りラト・ヤートラーでは高さ14mの山車の中にジャガンナートを乗せて牽いて回るんですが、信者の中にはこの山車に轢かれて死にたいという強烈な人が毎年いるそうで、周囲は熱狂的な信者で埋め尽くされます。ジャガンナートは本来、「絶対的な力」を意味するそうで、この山車はジャガンナート戦車とも呼ばれるそうです。
で、このジャガンナートって私はずっとあるものに似ていると思ってたんです。
ここで、舞台は日本に飛んで長崎県。
壱岐島、平戸、五島列島といった島嶼地域の伝統工芸品として有名な鬼凧というものがあります。
思い付きですが、なーんか似てると思うんですよね。地域によって意匠や形は違うんですが、とりわけ平戸の鬼洋蝶(おにようちょう)が似ているなと思ったわけです。
これ、長崎はもちろん北部九州では馴染みのある凧で、魔除けとして家庭でも飾られていたり、お土産屋さんで売ってたりします。
モデルは源頼光の四天王として一緒に伊吹山の酒呑童子を退治した渡辺綱で、長崎の松浦党出身で松浦藩主のご先祖だったことから、羅生門での鬼退治を題材に描かれました。鬼の首を落としたら兜に食い付かれたという図式は各地で共通するものの、壱岐島ではモデルが百合若大臣となっており、これは蒙古襲来時には鉄弓を用いて奮戦したという伝説に因んでいるのかもしれません。
また話は東インドのオディシャ州に戻りまして、と言ってもカレーの話。
この地域の料理はインドと言えども一般によく知られたカレーよりもスパイスが控えめで、豆と野菜の滋味深い感じなものが多いのですが、マスタードオイルや精製バターのギィをたっぷり使ったり、肉や魚のカレーでも青唐辛子やマスタードペーストでかなりインパクトがあったり、色はターメリック色になりがち(笑)
けっこう独特ですが、とても美味しい料理です。
その料理を恐らく日本で唯一提供するお店として先日オープンしたのがカレー仲間のPatsuさん(日本人)が経営する「東インド オディシャ食堂 Patsu Curry」です。
カレー仲間が脱サラして、こだわりの強いマニアックなインド料理屋さんを開店したとあらば全力で応援したくなるものです。
すると、先程のただの思い付きがそこに結び付いてしまいます。
長崎の鬼洋蝶をジャガンナートに変えてプレゼントしてはどうだろうか?
凧というのは世界共通で縁起物であり、こと日本では「多幸を上げる」に繋がり、まさにお店の発展と飛躍を願うのにピッタリではないかと考えました。
そして、長崎の鬼凧の中でも五島では鬼凧のことをバラモン凧と呼ぶそうで、これは当地独特の方言では、ばらもん(ばらかもん)は荒くれ物や元気な人を指すそうですが、インドでは古来よりバラモン教や僧侶そのものを指す言葉です。l
なんとタイムリーなことにNHKの後期朝ドラ『舞いあがれ』は五島が舞台でバラモン凧が実際に上がるシーンがあるみたいですよ。
鬼凧のルーツは大陸にあり、東アジア・東南アジアにも似たような鬼凧があるそうです。それが、15~16世紀頃に古来よりアジアからの玄関口になっていた長崎へもたらされたと伝わります。
それにしても五島列島、平戸、壱岐島もいずれも島なのが不思議です。長崎の本土では凧の形も全然変わりますから。
となると、無理のあるこじつけかもしれませんが、昔々の東インドから遙々と悠久の時を経てジャガンナートが日本にやって来たのではないかとも思えるのです。
そんな物語を何か形にできたらと思い立ち、鬼洋蝶の形でジャガンナートの凧を作って、Patsuさんにプレゼントしよう!
それから苦難の日々が始まるのでした。
凧製作編に続く。