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雨の刺す頃1

   【 涙声 】

 伝えたい言葉は不正確。
 言葉は何も伝えない。
 無意味な音が響くだけ。

 雨が降っていた。
 梅雨に入りかけた空はいつも曇っていた。
 指導者さんと一緒に車でお客さんの家などを回っていた。
 指導者さんの言葉の端々に刺があったように思えた。
「やる気あるの?書類、忘れてくるし、やってって言った事やってないし」
 イライラとした態度で、言葉が痛い。

「はぃ」

 私は小さな声で返事を返すのがやっとだった。
 日々、落ちる思考力。明日を考える気力が、私にはなかった。
 それは仕事への怠慢として表れる。

「それにカイヌシさん、ちゃんと化粧した方がいいよ。
 じゃないと、私が文句言われるんだよ。わかってる?」
 申し訳ないなと思いつつ、どうしようもなかった。
「そんなに難しい事、言ってないでしょ?
 契約とって来いとか、企業にアポ取りして来いとか。それは無理だって判ってるから」
 重苦しい空気が車内に漂う。
 はぁと溜息を1つつかれてしまう。
「そんなんじゃ、仕事やってる意味無いね」
 そんな事ぐらい判ってる。
 やりたくてやってるわけじゃない。
 泣きたくなるのを、必死で堪えた。

 沈黙が続いた後、指導者さんが一言。
「会社の人達は、あなたが一人で居たいんだって思ってるよ」

 ……。
 ざわりと心が揺らぐ。
 叫びだしたい声なき声が、喉につかえる。

 車はお客さんの家に着いて、指導者さんは車を降りていった。
 私は車の中で待っていた。

 泣くわけには行かない。
 保とうとすればするだけ、壊れていく。

『いいんじゃない?一人で?楽だよ』
 ――また、一人になるの?――

『泣くほどの事じゃない』
 ――涙が止まらない――

『過去は過去だよ。今じゃない』
 ――あの時の痛みは消えてない――

『泣き顔を見せるの?』
 ――見せたくない――


 フロントガラスに雨の雫があたる。
 ぽつぽつと増えては消える、雨の跡。

 指導者さんが戻ってくるまで、泣き止めなかった。
 車に乗って少し驚いた顔で私を見た。
「泣いてるの?」
 私の顔を覗き込みながら言う。
「どうしたの?」
 私は何も答えられなかった。

 この場所にいるわけに行かず、車が動き出す。
「ちょっときつく言い過ぎたかもしれないけど、
 カイヌシさんの為を思って言ったんだからね。それは誤解しないで欲しいな」
 ぽつりと指導者さんが言った。
 お昼だった。
 近くのコンビニの駐車場に車を止める。
「どうしたの?」
 そこで、改めて聞きなおされた。
 それでも私は何も言えない。
「言ってくれるまで待つから」
 指導者さんはお昼を買いに車を降りた。
 とりあえず、お昼を食べる。
 少し落ち着いてきた気がする。

 私が話した事はほんの少し。
 人が怖いと言う事。
 だから、一人でいるという事。
 何一つ、核心には触れてない。

 そうして、返ってきた言葉は笑えるほど当たり前。

「そんな事? 皆、そんな風に思いながら平気なフリをしてるんだよ。
 人が怖いのは、カイヌシさんだけじゃないんだよ?」

 だから、私にとっても平気な事だと言うの?
 平気じゃないと言ってるのに……平気なフリをしろと言うの?

 何一つ、判ってもらえないのだと思った。






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