猫の恋の頃1
【 折紙 】
紙飛行機が部屋を埋め尽くす。
それに乗って、どこかへ行ってしまいたかった。
ここから逃げ出したかった。
電車が通り過ぎる音が聞こえた。
連休前……私は会社に行く気が無かった。
辞めてしまいたかった。
自分の保険の成績を自分の保険でとる事が、馬鹿げていると思った。
行かなきゃいけないと思った。
いつも通り着替えて、いつもの道でいつもの電車で……
着替えの時点で止まった。
紙飛行機を折った。
折って折って……
狭い部屋が紙飛行機で埋まるくらい。
行く準備をしない私に気がついたのか、母が部屋に来た。
「そんなに辛い?」
折り続けていた手が止まる。
雫が頬を伝う。
「休むって会社に連絡しておきなさい」
電話を手にする私に母が言った。
でも、私が口にしたのはそんな言葉じゃなかった。
「辞めたいです」
仕事に行った父が帰ってきた。
「お母さんが何か言ったのか?」
……何でお母さんになるわけ?
私はどこかで苛立っていた。
私の意見はどこにあるの?
言葉にはならなかった。
暫くして指導者さんが家に来た。
「保険に入るのは必要な事だし、損じゃないよ。
それに、今、仕事辞めても次がないでしょ?」
指導者さんが言う。
「仕事でそんなに嫌な事があるわけじゃないだろ。どの仕事も辛いものだし」
父が言う。
私は言えなかった。言わなかった。
――息が詰まる。
私のコトバが通じない。伝わらない。
何一つ言えないまま、続ける事になった。
保険の手続きを指導者さんに任せて、私はその日は休んだ。
結局、私は辞められなかった。
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