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年明けの頃4

   【 入口 】

 始まってしまえば、走り出せるような気がした。
 立ち止まる事さえしなければ、振り返る事さえしなければ、どこまでも行ける気がした。
 例えそれが、無謀でも。例えそれが、暴走だろうとも。


 とりあえず、職の不安は消えた。
 ただ家族と仕事の板挟みになっただけ。
 家族が「そんな試験、受けてどうするの?」と言う。
 私は「何とかなるよ」と笑った。

 試験前日。
 指導者さんが様子見の為に来た。
 明日のテストへの励ましも含めてだと思う。
 そして、帰りは送ってもらう事になった。
 その車の中で、私はこう切り出した。
「あの。あ、の。……辞めたいんです」
 迷いに迷った言葉を精一杯吐き出したつもりだった。
「なぜ辞めたいの?」
 おそらく、指導者さんにとってはいつもの事なのだろう。
 こうやって紹介者が辞めたいというのをなだめるのは。
「……何か、このままでいいのかなって……」
 私は曖昧な言葉を返した。自分でも理由は判ってなかった。
 説明できるだけの言葉が私には無かった。
「まだ、頑張ってみようよ。始めたばかりじゃない。
 テストだって終ってないし、次の職も見つかってないでしょ?」
 返された言葉は励ましの言葉。
『そうじゃない』
 言葉は飲み込んだまま、言葉には決してならない。
 そして、次に指導者さんから放たれたのはいましめの言葉。
「ほら、お父さんだって自慢してたよ。出来る子だって」
 父がそんな風に思っていたなんて意外だった。
 いつだって、父は私を気に留めてないと思っていた。
 父は私を見てなんかいない。私を通して、向こうの家を見てるのだと。
 その言葉は少し嬉しくて……。
 それは私を縛りつけた。『父の自慢』でありたかった。

 言葉にならなかった想いが、私の心に残った。
 ふと、自分の誕生日が今日なのだと思った。
 言いようの無い虚しさと悲しさが今日のプレゼント。


 試験当日。
 足元の雪を気にしつつ、会場へと向かう。
 寒さはますます強くなり本格的な冬が到来していた。
 歩けばすぐの場所へ電車で行くのには少し笑った。
 これも、会社の経費で落とされるのかなと思った。
 会場は自動車の免許の試験を思い起こさせる。
 思ったよりも人数は多くて、人でごった返している。
 渡された番号を頼りに、椅子に座りテキストを開く。
 いつもの一夜漬け。明日には忘れてしまう記憶。
 テスト用紙を埋めるだけ埋めて、時間ギリギリまで確認をしつつ、
 隅に落書きを描いては消した。
 ……いつもの癖。

 結果が解るまで1週間。
 とりあえず仕事が始まる。といっても、指導者さんのお手伝いだけ。
 支部所の仲間を紹介された。
 私と同期の同期さん。
 そして、同じ支部所になる先輩さん。
 後は数人の仲間が居るようだったが、
 どの人も始めてから数ヶ月の新人さんと言う事だった。
 今まで同期さんは時間の関係で、一緒に研修を受けてなかった。
 これからは同じ支部所という事で行動も似たようなものらしい。
 同期さんの指導者さんは所長さん。
 ノアの指導者さんは指導者さん。
 1週間後の結果で退社か継続かが決まる。
「どっちか一人でも落ちていたら嫌だよね」
 同期さんの言葉に私は無言の笑顔で返すしかなかった。



 試験は合格。

「よかったね」
 同期さんと一緒に喜んだ。
 なのに、どこかで心が重くなった。

 研修は合格後は週に2度の火曜と水曜が新人が集まる日になる。
 支社で実施され各支部の新人さんが集まる。
 より実地に近い形で目標を決めクリアすれば、景品がもらえる。
 目標とはいえ、ノルマに近かった。実際に成績が張り出されていた。
 そして、一日の終わりに報告がある。
 一人一人が反省と報告をし、インストラクターがアドバイスをする。
 私はこれが嫌だった。
 目標に達していなくても、誤魔化せる部分は誤魔化して報告をする。
 私には出来なかった。嘘の固め方を知らない。
 インストラクターに突っ込まれた質問をされれば、途端に何もいえなくなる。
 困った顔で、私は無言になり俯いた。
 インストラクターは話を切り上げ、次の人へと話を進めた。
 その後で日報をインストラクターに見せて終了。
 ただ、それだけの時間が息苦しい。


「いつ辞めるの? 試験なんて落ちればよかったのに」
 家族はそう言った。
 私もそう思った。
 父だけが私に今の仕事を続けて欲しがってるように思えた。

 その月の終わりごろ、会社を休んだ。
 辞めたかった。
 路面が凍っていて慎重に歩いていたせいか、いつも乗る電車に乗りそびれた。
 電話で乗り遅れた事を伝えた。
 そして、会社には行かなかった。
 父は私のご機嫌を買うためか、私の欲しがってるものを買ってくれた。
 そして私は次の日、会社に行った。

 でも、本当に欲しかったのはそんなモノじゃなかった。





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