4話 海と泣き声
Pさんと彼女さんのお部屋で、呑む事になった。
会長様と最近知り合ったOさんと私の3人で、お部屋にお邪魔した。
最近知り合ったばかりなので、Oさんがどんな人なのかは分からない。
けれど、会長様にお酒を強要していたので、印象は悪かった。
酒癖はあまりよくないなという情報が頭に入っていた。
お部屋にお邪魔する前に、会長様から言われた。
「Pさんには歌姫の事は言わないで」
Pさんは、私たちが歌姫と関わりがある事を知らないという事らしい。
「なんで?だったら、どうやって繋がったの?」
「ただのファンとして聞きに行っただけ。何も話していない」
会長様らしいなと思った。知っていても言わないのはいつもの事だ。
でも、モヤッとする。
「知ったら、彼もいい気持ちはしないでしょ」
最初から話していたら、何も問題がなかったような気もする。
けど、会長様は歌姫とPさんのいざこざのやり取りを私よりも詳しく知っていたのかもしれない。
私はモヤッとした気持ちのまま、黙った。
お部屋に着くと、雑談をしながら軽く呑み始める。
Oさんは「俺、お酒は医者に止められているんだけどね」と言いながら呑んでいた。
お酒に弱いとも言っていたが、呑めないわけではない。何ともメンドクサイ人だなと思った。
案の定、帰る頃にはフラフラになっていた。
一人で帰らせて、大丈夫だろうかと思うほど千鳥足になっていたが、そういえば前の飲み会もそんな感じだったなと思い出した。
私はと言えば、彼女さんの「泊まっていけばいいよ」と言う言葉に甘えた。
真夜中になって、「お散歩に行こう」という話になった。
海が近かったので、4人で歩いた。夜の海は静かで明るかった。
田舎の真っ暗な海を知っているので、都会の明るい街灯が照らす砂浜は『夜の海』に見えなかった。
とはいえ、海の向こう側は真っ暗だ。
しゃがみ込んで砂を触っていると
「なんだか、押したくなる」とPさんの声が聞こえた。
私は小さくて蹴りやすいのだろう。
「やめてあげて」と会長様が笑う。
押されたら、私は水浸しになる。慌てて立ち上がった。
彼女さんは、誰よりも先に海へと入っている。
彼女さんは海が好きなのだと言っていた。会長様とPさんはそれを見守りながら、お話しを続けていた。
お部屋に戻って、ロフトで会長様と寝た。
Pさんと彼女さんはソファーで眠っていた。ソファーはベッドにもなるものだった。
眠ろうと目を瞑りながら、泣き声を聞いていた。
悲しいのか嬉しいのかよく分からない泣き声が、部屋に満ちていた。
耳鳴りかもしれないとも思ったけれども、すすり泣くような声にしか聞こえない。
テレビがまだ、ついていただろうか?と、ロフトから部屋を見回す。
テレビは消えていた。それよりも気になったのは壁の掛け軸だった。
彼女さん達が話していたが、それは彼女さんの元カノから貰った物らしい。
骸骨が将校の格好をしている絵だった。
……あれかな。と、思った。
思えば、呑んでいる時から聞こえていた。静かになって、より聞こえるようになっただけで、最初からあの絵は泣いていたのかもしれない。
日が昇ると、泣き声は消えていた。
朝になって、会長様とお部屋を出た。
「あ……忘れた」
私は立ち止まって、荷物を探った。彼女さんから貰った風船を忘れてしまったのだった。
借りた本は入っているのに、風船は忘れてしまった。
「え。昨日の忘れてくる程度のものだったの?だったら、私が欲しかった」
会長様が「取りに戻る?」と聞いてきたけれど、私は別にいいと答えた。
疲れて戻る気力はなかった。
本は箱入りの立派なものだった。中身は児童小説でファンタジー物だった。
数日後、彼女さんから妊娠したという話を聞いた。お酒を呑んでいたあの日、すでにおなかの中に子供がいたのだと。
借りた本は郵送で返す事になった。