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☆3☆ 部屋に入って来た男2

 迷った揚げ句、私は近くの工場前へと行った。外を歩く人は少ないが、工場内には人がいるので、何かあれば守衛さんに訴えればどうにかなりそうと思えたのだ。道を挟んだ向こう側にいれば、私が靴下でも見えないというのも良かった。

 そこで家族に電話をして、来てもらった。
 家族と一緒に部屋に入ると、誰もいなかった。寄り分けていた米が、めちゃくちゃになって床に散らばっていた。

 それを拾いながら、警察に連絡をするかどうか迷っていると、チャイムが鳴った。
 父が出てくれた。そして、私が呼ばれた。

「こいつか?入って来たのは」

 父が私に聞いた。
 パニックになっていてよく覚えていないけれど、悪意のない顔は同じだった。私はうなづいた。

「すみませんね。この子、勝手に人の部屋に入るなって言っているのに」
「謝っているし、もう、いいんじゃないか?」
 父の言葉に耳を疑った。
 謝ったからいい?そんなわけないでしょ。

「この子、障害を持っていてダメと言ってもやってしまうんですよ」

 障害を持っているから何なのだろうか。何度も繰り返して、やめる事がないのならば、このアパートの住人に注意喚起必須ではなかったのか。私は、このアパートにそんな障害者がいるなんて聞いていない。

 謝りなれている母親らしき人間は、ぺこぺこと頭を下げた。
「怖い思いをさせて、ごめんなさいね」

「ほら、こうやって謝っているんだし」
 父が再び、私に許すように促す。けれど、私は何も言わなかった。

 それに業を煮やしたのか、男の母親は私の非を責めだした。
「それに、こういうのも悪いけど、あなたもねぇ。鍵、閉めていなかったんでしょ? この子、鍵のない部屋を探して、鍵が開いていると入っちゃうんですよ」

 何を言っているんだろうこの人は、だから、仕方ない?そうやって、ずっと許されてきたっていうの?
 と、同時に別の思考が動く。こうやって、この人はずっとこの男のために、謝って来たんだろうな。
 障害があるからといろんな問題を起こし、その度に謝っていたから謝りなれている。『謝れば許される』と思ってしまっている。
 でも、警察を呼んだとしても、同じ事を言われるだけだ。

「障害があるんだから、許してあげなよ」

 責められるのは私だ。もう、うんざりだ。疲れた。

「わかった。もう、いい」

 私はそれだけ言って、部屋に入る。
 後ろで母親が「ありがとうございます」と言っているのが聞こえた。

「何かありましたら、管理人室へ来てくださいね」
 管理人だから、問題にならないのかと納得してしまった。

 そこは会社が借り上げていたので即座に連絡をして、アパートを替えてもらった。私の話を聞いて、そのアパートにいた社員たちは全員が別のアパートに移る事になったらしい。

 それから、仕事に行ってもドアの前が気になったり、人の気配が怖くて仕方なかったりして気分が落ち着かなくなった。
 誰もいない空間を何度も見て、『誰もいないんだ』と確認しなければ安心できない。
 ドアの鍵がかかっているかは何度チェックしたか分からない。夜も電気を消せなくなった。
 それが数カ月続いて、徐々に元に戻っていったが、フラッシュバックしたように『不安になる期間』は時々やって来た。

 元に戻るのに一年以上かかった。


 



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