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7話 母と鬼の記憶

 幼いころ、山へドライブに行くと影を見た。
 木々の間に影が揺らめくのが見えるのだ。
 私はそれを
 『お母さんだ』
 ≪幻だ≫
 【鬼だ】
 と思った。

 なぜ、それを「母」だと思い、「鬼」だと思ったのかよく覚えていない。
 が、それらは同時に『幻』でもあった。
 だから、誰にも言ったことはない。
「あそこにおかあさんが居る」なんて、言ったところで信じてもらえないという事も分かっていた。

 大抵は走る車の中から、木々の影に見える。
 けれども、それらは時々、車から降りた後にも見えた。
 でも、いつもは一定の距離の先に見えた。
 一度だけ、近づいてきた影があった。
 そこはキャンプ場で、いつもの影がちらほらと見え隠れしていた。
 家族は少し先にいた。私はその場で、たくさんの荷物と一緒に座っていた。
 ふっと振り返ると影が、いつもより近くにいた。
 『おかあさんだ』
 ≪違う。幻だ≫
 影が少しだけ動いたように見えた。ふわふわとこちらに近づく。
 『おかあさんが来る』
 ≪違う。おかあさんはあっちに居る≫

「どうしたの?」
 母が私の傍の荷物を手にして、そう聞いてきた。
「何でもない」
 ≪これがおかあさんだ≫
「あっちへ行こうか。荷物持って」
「うん」
 私は荷物を手にして、家族の元へ行く。

 振り返ると影は消えていた。

 なぜ、あの影が『おかあさん』だったのか、自分でも分からない。
 影は私に安心と不安を同時に沸き上がらせるものだった。
 同時にたくさんの影がいる時もあれば、たった一つだけの時もあった。
 それらが本当は何だったのか、私はいまだに分からない。

 現実的に考えるのならば、ただの幻や、不安の象徴となるのだろう。






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