11話 旅人さんと花見
ある日の会社帰り。電車で帰るために駅に向かって歩いていた。
突然、後ろから「すみません」と声をかけられた。
振り返るとリュックを背負った男性が、いた。
「駅はどこですか?」
「向こうですけど……。私も今から行くので一緒に行きましょうか?」
私は自分が行こうとしていた先をさす。
男性は自分は旅行者だと言った。
「ここも仙台みたいになってきましたね」
仙台がどんな感じなのか分からず、褒められているのかどうかも分からない。
「そうなんですね」
私は曖昧に答えた。
「学生さん?」
「いいえ。一応、社会人です」
「ごめん。若く見えたから」
うまく返事ができず、短い距離なのに無言の時間が出来てしまう。
別れ際に男性は
「ありがとうございました。お仕事、頑張ってください」
と言って、手を振って去っていった。
残された私は胸の中に、もやっとしたモノを抱えた。
オシゴト、ガンバッテ
――頑張っている。これ以上無理。
赤の他人の励ましの言葉すら、受け取れない。
他人にいえば、気にしすぎで終わる。気になる方がおかしい。
がんばれない。
電車の中で、過ぎ去っていく景色を見ながら、私は何度も同じ言葉を繰り返していた。
桜が散ったころ、会社でお花見があった。
お花見と言う名目の飲み会。上司は準備に忙しかった。
私はどうしたらいいのか分からなくて、突っ立っていた。
人に話しかけられて、やっと動く。
そのうちに
「何か歌って」と言われた。
家でならば散々歌ったが、人前で歌ったことはない。
いや。一度だけ近所の祭りで歌った事があったけれど、母はそれを『みっともない』と言った。
私は何を歌えばいいのか分からない。
「知っている歌はないの?」
そう言われて、家で歌っていた歌を選んだ。
すると「意外だね」と言われた。何が意外なのか、当時は全く分からなかった。
今、思うと『子供向き』ではない、選曲と言う事だと思う。
お酒も勧められて飲んだ。こちらもまた「意外だね」と言われた。
飲めないように見えるのに、飲めるからということらしい。
お酒好きの両親がよく飲んでいたので、そんなものだと思っていた。
『飲めない』と言う事が、私にはよく分からなかった。
歌って、飲んで、お花見は終わった。
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