年明けの頃3
【 研修 】
動き始めたものは何だったのか。
私は未だ、気が付かずにいた。
続く日々に刻まれた波紋はゆっくりと広がる。
入社の後は研修があるという。研修後の試験に受かれば、仕事が出来るのらしい。
研修期間は2週間程度。駅前の支社でのお勉強。
まるで、学校の授業のようだった。
与えられたテキストに沿って、講義が進む。
試験を受けるのは10名程度だった。
お昼は支社の方でお弁当が用意され、皆でテーブルを囲んで食べた。
味がしなかった。中身は半分以上残した。
いつもの事だ。
誰かが傍に居る時の無意識の警戒心と、不快感が食欲を無くす。
食事をしつつ、あちこちで会話が交わされる。
「いくつなの?」
歳を聞かれて。ハタチと答えた。それももうすぐ、終わりになる。
「若いねぇ」
他人の言う、『若い』が理解出来なかった。そこに、何のメリットがあると言うのだろう。
「ここでは一番若いわねぇ」
……そして、一番世間知らずな私がそこに居た。
「いつも、食べないのね」
ある日、食べない私におばさんがそう言った。
私は苦笑いをしただけだった。
「好き嫌いが多いんでしょ」
勝手な会話が交わされる。……間違ってもいないが。
「あら。あんただって、いつも食べないじゃない」
話は別へとずれていったようだった。
猫舌の私は食べ終わった後で、お茶を飲み乾して立ち上がる。
まだ重いお弁当を捨て、食事のテーブルからお勉強のテーブルへと戻る。
そして、持て余した時間でお絵かきをする。
小さく折りたたんだ紙とエンピツで、私はやっと安心できる時間を持つ。
一日の終了時に日報を書く。
『眠たかった』でも『疲れた』でもいいと言われたので、私はそう書いた。
自分でもふざけていると思ったが、真面目にする気は起きなかった。
似たような言葉を、いくつかのパターンの繰り返しで日々綴った。
数日するとほとんどの人が、この研修だけを受けて終わる気なのだと知った。
研修の間の交通費、研修費などが目的なのだと。
講師が「研修後に半分残っていれば良い方だよ」と笑っていた。
毎月ある入社式の意味を私は未だに理解してなかった。
試験の2日前、唐突に所長さんが様子を見に来た。
人の顔を覚えるのが苦手な私は言われるまで、判らなかった。
その時は模擬テストをやっていたが、私の点数は散々。
合格ラインには達していなかった。
「大丈夫なの? これで」
少し心配気味に聞かれたが、私は別に受かりたいだなんて思ってなかった。
苦笑いで返すだけしか出来なかった。
でもとりあえず受けるからにはそれなりに頑張ろうかなと思った。
それが、間違いだったのかもしれない。
積もる雪が日増しに増えて寒さが強くなる。
重なる白が重く重くなる事に私は気がついてなかった。
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