見出し画像

木漏れ日の頃1

   【 守護 】

 狂いだす。壊れかける。
 叫びにならない叫び声。
 何を望んだのかさえ、忘れ果てる。


 従姉妹ちゃんが同じ会社に入ってきた。
 私と同期で入った人は契約をたくさん取って来る。

 置いていかれる気がした。
 違う、置いていかれた気がした。
 周りが早くて追いつけなくなる気がした。
 指導者さんは私を追いつかせようと頑張っていた。
 私だけが空回りをしていた。

 頑張れない。
 やる気がない。

 気づかない事に安心しながら、気づいて欲しいと叫んでいた。
 言葉にならない声が届くわけもない。
 傷を手の甲につけた所でそれはただの切り傷で……誰も不審に思わない。
 声はいつだって飲み込まれてゆく。

 どうしようもないそれは―― 切る事で癒された。

 会社に行く電車の中。 夜、パソコンに向かう時。
 いつも切っていた。

 会社に行って、自分の持ち場の地域に行く。
 何度も歩き回った道。
 公園のベンチに座り込む。
 最初の頃は本屋やお店に入ったりしてた。
 それはそれで楽しかった。
 けど、明らかに仕事中ですと判るスーツで入るのは、だんだん気が引けた。
 気がついたら、公園で時間をつぶすようになった。

 そして、今は誰も居ない公園。
 ……赤い線が日々増える。

 ――何してるの? どうして、出来ないの?
 ――頑張らなきゃ。 やる気を出さなきゃ。

 責める声が私を狂気へ駆り立てる。

 ――ちゃんと、出来るよ。
 ――仕事なんだから、しっかりしなきゃ。

 期待の声が私の不安を膨らませる。

 ――どうして、こんな事してるの?

 そして、切る事への罪悪感が私を切らせる。

 切って数分後に滲む、僅かな血が私を和ませる。


「頑張って」
 不意にかけられた声に顔をあげる。
 傍を年老いた男性が通り過ぎた。
 ……。
 いつだったか、チラシを受け取ってくれた人だった。
 頑張ってるよ?
 頑張るためにこうしてるのに。
 やっぱり、可笑しいのかな。
 酷く自分が惨めになった。

 【~趣味の会報~】のお守りが
 【カッターの刃】に変わった。

 それが、唯一のクッションになった。






《 前へ * 次へ 》

××× 目次

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?