雪の季節
キャロル×私(高校生)の夢小説です。
なかなか書き終えられなくて苦労しました……。(2019/12/27 完結)
雪の降る季節になった。
誰もいない音楽堂で凍えながら、私はまたこの季節が来たのだと実感した。耳をすませば、しんしんと降り積もる音が聞こえてくるだろうか。くもった窓を指先でなぞると、分厚いガラス越しでも冬の空気が伝わってきた。きゅっと制服の袖で拭いて、小さな窓をつくる。
真っ白に染まった校庭を見下ろしながら、私は彼の姿を探した。
――「午後1時 音楽堂」。たった7文字のメールを送り付けた本人は、いったいどこにいるのだろう。時計の長針は、すでに20分を指している。彼は時間にルーズな性格ではない。何か急な用事ができたか、トラブルに巻き込まれてしまったのか。そんなことを思いながら目線を走らせるも、あの水色のコートの背中は、どこにも見当たらない。
こんな時、苛立ちよりも寂しさを感じてしまうのは、私の性分だ。
「音楽堂で待ってるよ」。9文字のメールを返信したら、あとはもう待つしかない。――そのとき、背後で着信音が鳴った。
ピピピという単調な電子音。しかし後ろを振り返っても、誰もいない。私は立ち上がると、客席の間を探しながら歩いた。タイルの硬い靴音が響く。さっき聞こえた音の方角を忘れないよう、私は両耳を手で覆いながら、屈んでベンチの下をのぞいて回った。
「あっ」
扉近くのベンチの下で、スマートフォンが点滅していた。
そのすぐ傍らに、青いコートの裾が広がっている。
持ち主に忘れられたぬいぐるみのように、彼が冷たいタイルの上に伏している。
「キャロル、...?」
おそるおそる声をかけても、返答はない。
そっと肩を揺すると、不明瞭な声を漏らしながら、彼が身じろぎをした。
良かった。ちゃんと生きている。
* * * * *
カフェテリアで温かいカプチーノを飲みながら、私たちは冷え切った体を癒した。甘いミルクの香りが、ふんわりと漂う。
「本当にごめんね。いつの間にか寝てしまって」
「てっきり凍死しちゃったのかと思いました……」
目を覚ましてからずっと、彼の眉根は下がりっぱなしだ。
私より30分ほど早く音楽堂に着いていたのだが、猛烈な眠気に襲われて、気づいたら床の上で転がっていたらしい。音楽特待生の彼は、クリスマスシーズンになると、毎日のように聖歌隊の指導や市内のイベントに駆り出されるのだから、寝不足になるのももっともだろう。
「それで、用事は何だったんですか?」
私が尋ねると、それは...と彼は口ごもった。
「こうなってしまうと、非常に言いにくいことなんだけれど……。いつも寮でお世話になっているから、食事に誘おうと思っていたんだ」
当然、お店の予約時間は、とっくに過ぎている。
「埋め合わせをするよ。貴方を退屈させてしまったことと、心配させてしまったことについて。何でも言ってほしい」
彼は潔かった。まっすぐに背筋を伸ばし、さぁどうぞと命令を待つ。カップで指先を暖めながら、主君になった気持ちで私は考え始めた。
どこか別の店に連れて行ってもらおうか? それとも、プレゼントを買ってもらう? なんでも良いといわれても、そこに境界線がないわけではない。彼の言葉通りに受け取って、無理難題を押し付けるのは得策ではないとわかっていた。ちょうど良いリクエストといえば、手頃な値段のマフラーだろうか?
だけど……
(もしキスをねだったら、彼は答えてくれるのかな……)
少しだけ、考えてしまう。
視線をさまよわせていると、ふいに目が合った。
灰と白と銀でできた、宝石のような瞳。
なんど見ても美しいと思う。
彼はこちらを真っすぐに見つめ、くすりと笑みをこぼした。
私の考えていることなんて、きっと何でもお見通しなんだろう。
赤面して、私は俯いてしまう。
「悩んでいるんだね。……遠慮しないで、言ってみて」
ふんわりと優しい口調で促されても、口には出せない。
「待って。他のを考えるから」
「どうして? 言ってごらんよ」
意地悪だ。思わずそう返したくなるのを堪えて、必死に頭を回転させる。それなのに、彼は非情にも、身を乗り出して私の顔をのぞき込んだ。頬が熱くなるのを感じる。
ごくりと唾を飲んだ。
「私と...、もし嫌じゃなかったら...、その」
「うん」
「ハグ、とかしてほしいなぁ……って」
一瞬、キャロルは目を細めた。本当にそれでいいの?と問われる前に、慌てて言葉を継ぐ。
「ほら、寒いから! おしくらまんじゅうしようよ」
「へぇ?」
焦る私に笑みをこぼしながら、彼が席を立つ。
「いいよ。寒い中待たせてしまったお詫びに、貴方の毛布になろう」
ほら、と両手を広げる彼は、春に出会った冷血漢と同一人物だなんて思えないくらい、優しさに溢れていた。しかしその腕の中に飛び込むのは、少々…いや、かなり緊張するものだ。なかなか近づかない私に焦れたのか、彼がこちらに歩を進める。思わず俯きがちになりながら、私もそっと手を伸ばした。
「わっ――」
ふいに、腕を引かれ、勢いよく彼に抱きすくめられる。
ぎゅっと包み込まれた瞬間、心の内から暖かくなるような感覚がした。
「暖かい?」
「……うん。あったかい」
良かった。と呟くキャロルの表情は、こちらからは見えない。
肩に顔をうずめると、かすかに彼の鼓動が聞こえる。
彼は髪も、肌も、瞳の色も薄くて、どこか冷たい印象があったけれど、こうしていると、ちゃんと生きているのが分かる。
(えっ?)
ふと、頭を撫でられたのだと気づく。ぎこちない手つきに、思わず頬がゆるんでしまう。人に触れるのが苦手なはずのに、出血大サービスもいいところだ。お返しにぎゅうっとくっつくと、彼の鼓動が一段と大きくなった。……違う、これは私の心臓の音だ。
彼が撫でていた手を止めて、こちらを見下ろしてくる。顔を上げると、自然と目が合った。今にも触れてしまいそうな距離感に、顔が熱くなってくる。
視界が暗くなって、一瞬の出来事。
私の額に口づけして、彼がするりと離れる。
「ご馳走様です」
銀色の瞳を輝かせながら、悪戯っ子のように笑って。
* * * * *
続