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人間らしさのメディアとインターネット

ものごとの共通点、繋がり、結びつきを見つけたとき、とてつもなくワクワクする。胸がときめく。
発見の嬉しさもあるし、言語化されてクリアに見えるからかもしれない。今までと違った角度から、ものごとを再認識できるからなのかもしれない。

ぼくが理系に進んだのも、おそらく小学校や中学校のときに、そんな体験をいくつもしたからだろう。
世の中の現象が、感覚ではなく、別の言葉、別のアイデアで説明できてしまう。
虹は綺麗だというだけでなくて、空気中の水滴が、太陽光を屈折、反射させ、いろんな色の光に分解した結果生じる、奇跡的な自然現象の不思議としても感じられる。それが楽しかったんだろう。

先日、ロボット研究者の石黒浩氏の講演を聴く機会があった。
彼は人型ロボットを作ることによって、ロボットを人間に近づけていくことによって、人間とは何かを探っている。

講演の中で彼が、メディア(デバイス)は"人間らしい"ものになっていくだろうと言っていたのが、非常に印象的だった。
ジョブズがiPhoneを生み出せたのも、おそらく他の人よりも、人間らしさ(人との親和性?)に対して深い洞察があったからではないかと続ける。
これだけものが揃った世の中で、手に取られるものというのは、人間らしいもの("人間"は人間が1番慣れ親しんでいる存在)だろうとのことだ。
その仮説の元、アンドロイドだけでなく、いろいろな形メディアをつくり、研究している。
例えばハグビーというメディアは、普通の電話よりもより一層親密度が増すらしい。
http://www.vstone.co.jp/products/hugvie/index.html

最近、糸井重里氏の『インターネット的』を読み始めた。
インターネット上で商品を知ってほしい、広げたい、好きになってほしい。この本ではそのヒントを何か得られるのではないかと、そういう思いから手に取った一冊だ。
これがほんとうおもしろい。
10年前に書かれているのだが、まさに予言のような感じがして、いまインターネット上で起こっていることを言い当てている。言語化されてインターネットの世界がなんとなくみえてきたし、可能性も感じた。
(だから書き始めた。)

読みながら、思わず石黒氏の"人間らしいさ"を思い出した。
これを切り口に"インターネット的"を見てみると、"人間らしい"ものがインターネットを介して実現しているようにみえた。
もちろん利便性もあるだろうが、インターネットという技術が、人間らしさを再認識させる、人間らしくふるまえる機能となりえたから、ここまで広がったのではないか。繋がって、おすそ分けされて、喜ばれて広がって、"編集された"ものというより不完全な全体的なものとしての表現や文化。ひとことで表せないけど人間らしいものがたくさんあって、出会えて、増幅される。
インターネット上では、文化として娯楽として、人間らしいものが広がっていくのではないか。だからインターネットは楽しいのではないか。

石黒氏が言っている人間らしいデバイスと、インターネットとは、少し違う話しなのかもしれない。だけど、ぼくはそこが繋がった気がして、今日は朝からなんだかワクワクしていた。

人間らしさという切り口で、なにか新しいメディア、新しい事業はできないかと妄想を広げる。

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