変幻自在の男・田中広輔
広島打線の切り込み隊長として、今やすっかり定着した田中広輔ですが、ルーキーイヤーの2014年、そして遊撃手としてレギュラーに定着した2015年のキャリア当初の2年間は、その多くを下位打線で過ごしています。
既に多くの方も指摘しておられますが、下位打線で過ごしていた2年間と、その後の3年間では打撃スタイルを大幅に変えており、簡単に言うとフリースインガー気味の自由な打撃スタイルから、出塁+機動力のいわゆるトップバッターの打撃スタイルへと変化しました。
打順によって、ここまで極端に打撃スタイルを変更できる選手はそうはおらず、非常に珍しい選手と言えましょう。
そんな田中の打撃スタイルの変化について、本noteにて詳細に迫っていきます。
1.打撃スタイルの変化
まず、実際に上記のような打撃スタイルの変化が起きているのか、数値の変化から確認していきます。
キャリア当初の2年と、トップバッター定着後の3年を比較した中で、大きく変化のあった指標を列挙したものが表①となります。
当初の2年は、長打力(ISO)は平均より少し上くらいで、平均以下の四球奪取力(BB%)にほぼ平均レベルの三振率(K%)*と、上位打線で使うには打撃の総合力としてはイマイチで、下位で自由に振らせるのがベターな打者であったことが分かります。
※2014年セの平均ISOが.127で、2015年セの平均ISO.110 2014年セの平均BB%が8%で、2015年セの平均BB%が7.9% 2014年セの平均K%が18%で、2015年セの平均K%が18.7%
それが、2016年のトップバッター定着を境に劇的に数値が変化しており、成功率こそ高くないものの盗塁数は毎年30近くを数え、K%は維持しながらもBB%は規定打席到達者内で最低レベルから、上位10人レベルへと大幅改善され、よくイメージされる機動力が使えて出塁率の高いという、いわゆるトップバッターらしい数値になってきていることが分かります。
もう少し細かく見ていくと、GB/FBの数値が大きくなっていることから、打球性質がよりゴロに振れており、自身の足を生かした打撃スタイルへの転換を図っていることがうかがえます。
また、Pull%も年々その数値は小さくなっており、これは引っ張って強い打球を飛ばそうとするよりは、フィールドを広く使ってより打率を上げていこうとの意識の表れでしょうか。
スイング率に関する数値も劇的な変化を見せており、BB%の大幅な上昇から分かる通りボールゾーンに手を出していく確率(O-Swing%)は大幅に下降し、その一方でストライクゾーンに手を出す確率はほぼ据え置きとなっています。
加えて投球に対しスイングを仕掛けていく確率(Swing%)も多少下降していることから、トップバッターとしてボールを見極めるような意識が働くこと+メカニクス的な部分での進化でボールが長く見られるようになったことで、ボールゾーンへのボールのみにバットが止まるようになっていると言えるのではないでしょうか。
元々K%は平均レベルでBB%は低いレベルというところから、ある程度深いカウントまでは行くが、そこからが淡白であったことが予測されますが、そこからボールの見極め向上により、BB%が大幅に向上したのでしょう。
また、田中への投球がストライクゾーンへ投げ込まれた割合(Zone%)はむしろ上昇を迎えていることから、他力ではなく自力でBB%の向上を勝ち取っていることも分かります。
2.打順によって打撃スタイルを変えているのか?
2016年にトップバッターに入ることになったために、上記のような打撃スタイルの変化が生まれたと考えられますが、田中は打順によって打撃スタイルを変えるような器用なことをやってのけていたのかについて検証していきます。
プロ入り後の打順別成績を並べたものが、表②となります。
やはり、1番打者の占める割合が圧倒的に大きく、田中のプロ入り総打席のおよそ72%を占める計算となります。
その他には、プロ入り当初の指定席であった6番や7番といった下位の打順が割合としては続いてきています。
まずは1番打者時の成績を見てみると、トップバッターとして定着する前の2015年にも200打席ほど打席に立っていることが分かります。
その数値とその後の3年間の数値を比較してみると、大きな変化点としてはやはり4.5%から二桁%まで上昇したBB%になってきます。
ここから2015年以前は、1番打者に入ることはあっても1番打者らしい仕事をしようとするよりは、自分の打撃を貫いていたということが分かります。
では、2016年に打撃スタイルが変化した後には、打順別で何か打撃アプローチに変化はあったのでしょうか?
打順別の打撃の変化を見るために、2018年の打順別・上位/下位別で打撃成績を区切ったものが表③となります。
上位と下位で打順を区切った際に、分かりやすく変化している数値が、やはりBB%となります。
下位の打順の際のサンプルサイズが少々少ないものの、チャンスメイクを要求される上位では高BB%を記録し、特別何か要求されるよりは気楽に自由に振れる下位では低BB%を記録するなど、その傾向は顕著です。
また、Pull%も下位打線に身を置いた方が6%ほど高まっており、傾向としてキャリア当初の2年間と同様のものが出ていることが分かります。
以上より、1番打者という打順を経験することで、断定はできないものの打順ごとで意図的に打撃スタイルを作り上げることが可能になったのかもしれません。
3.変化の特異性
一般的にBB%やK%は年度によって大きく数値が変わることはなく、年度相関の高い指標と言われますが、田中に関してはある年を境にBB%を大きく伸ばしており、その通りとはなっていません。
田中のような事象が起きる理由として考えられるのは、長打力が増し、投手がストライクゾーンでまともに勝負に来なくなったのを見逃せるようになり、BB%が向上するというパターンですが、田中の場合はこれには当てはまらないため、かなり特異なパターンではないでしょうか。
その特異性について、最後に確認していきます。
そのために、田中と同様にBB%が大きく伸びた例をまとめたものが表④となります。
過去5年かつ規定打席到達者のみという縛りをかけたため、かなり例は少なくなりましたが、丸佳浩・栗山巧・中村晃の3選手がBB%が大きく伸びた例として挙げられます。
BB%が増えるということは、それだけ深いカウントまで至る打席も必然的に増えてきますから、三振もそれなりに増えやすくなる点は前述の通りですが、丸と栗山はK%が4%以上の上昇率を見せており、四球増とともに三振増ともなってしまったと言えるでしょう。
一方、中村はK%もほぼ同水準でキープしており、田中と同様の傾向にあると言えましょう。
しかし、中村を含めたこの3名は通算でもBB%が10%を超えるような、元々選球眼に優れた選手ですので、選球眼を向上させた田中とは根本的に打撃スタイルが異なります。
という点から、自力で選球眼を大きく向上させた田中がいかに特異であるかがよく分かるでしょう。
4.まとめ
①トップバッター定着を契機に、打撃スタイルを転換し出塁+機動力という1番打者仕様のスタイルへと変化②そのスタイルの変化とともに、打順によって意図的にスタイルを変化させている可能性がある③年度相関の強いK%とBB%という数値において、自力でBB%を向上させる+K%をキープしながらBB%を向上させていることは非常に特異
以上3点が今回のまとめとなります。
ここから分かるのが、田中という打者が非常に器用で順応性が高いということでしょう。
という面から、自由度の高い1番打者を打たせるよりは、制約の多い2番打者を打たせる方が、おそらく打撃を崩すことなく順応できるため、どちらかと言うとフリースインガータイプの菊池涼介の良さを生かすという意味でも、チームとしては好都合なように思えます。
ここまでのOP戦では、過去3年間と同様にトップバッターとしての出場を続けていますが、丸の移籍により「タナキクマル」コンビが強制解体となったことで、打順を再考してみるいい機会ではないでしょうか。