『ファースト・カウ』〜盗んだミルクでドーナツを作る〜
今回は現代アメリカ映画の最重要作家と評され、最も高い評価を受ける監督のひとりであるケリー・ライカートの7作品目。
『ファースト・カウ』
こちらを鑑賞してきましたので、感想を書いていきたと思います。
『ファースト・カウ』について
基本データ
監督/脚本: ケリー・ライカート
脚本: ジョナサン・レイモンド
出演者:ジョン・マガロ/オリオン・リー/リリー・グラッドストーン 他
あらすじ
映画の楽しみ方って?
この作品の特徴は「映画を観る」ということは、贅沢な時間だ。ということを再確認させてくれる作品だ。
例えば映画冒頭の船が画面を横切っていくだけのシーン。
これを何が起こるとかではなく、ただ観せるのだ。
この冒頭のシーンが作品全体のトーンを物語っている。
この映画は確かに”あらすじ”にもあるように、1820年代のオレゴンで、ここに初めてやってきた牛からミルクを盗み、それを材料にドーナツを作り一儲けしようと企む話だ。
確かにこうした物語はある。
だが作り手が見せたいのは、それだけではない。
むしろ、この1820年代のオレゴンの雄大な自然、そこで出会うクッキーとキング・ルー。
この2人の友情を育んでいく過程。
そしてこの地で生きる者たちの息遣いを見せたいのだ。
それを象徴るすのが「夜のシーン」だ。
普通ならば「夜のシーン」も綺麗に撮影して観客に見せたいと思うのだが、この映画暗いシーンは実際に暗くて、そこで何が起きているのかはハッキリとはわからない。
だけど、当時この舞台での「夜」は光源もなく、真っ暗だったことを映画を通じて思い知らされるのだ。
つまり映画的には損なことすらも、時代の息遣いを伝えるという意味で受け入れているとも言える。
そういう意味では確かに物語らしい物語が展開されていく「牛」がやってくるまでは色んな意味で「何も起きない」時間が過ぎていく。
そういう意味では退屈だが、ただ映画の歴史において、ある意味でこの「退屈さ」を楽しむという文脈もあるわけで。
もちろんこの文脈を全面に押し出す今作品は商業映画としては、評価しにくい部分は多いのだが、ただ映画を楽しむもう一つの側面を示してくれるタイプの映画だと言える。
クスッと笑える場面も多い!
さて、この作品は中盤に差し掛かる頃、仲買商(仲買人)の元にヨーロッパから牛を持ち込んだことから大きく動いていく。
この噂を聞きつけた料理人クッキーと中国系移民のキング・ルー。
2人は共にアメリカに西部開拓の先にある”アメリカンドリーム”を夢見てこの地を訪れていた。
しかしこの厳しい開拓時代の波に乗り切れず、どこか悶々とした日々を送っていた。
そんな2人が考えついたのは、アメリカでまだ知られていない、ヨーロッパのお菓子を作ること。
それで一儲けしようということだ。
中でも人気のドーナツに目をつけた2人。
しかし材料の牛乳はアメリカでは手に入らない。
そこで2人は仲買商の飼う牛からミルクを毎晩盗むようになるのだ。
こうして盗んだミルクで作ったドーナツを作ると、飛ぶように売れていき、彼らは味を占めたようにどんどん繰り返し盗んでいく。
そして偶然そのドーナツを口にした中買商に、気に入られ家に招かれてしまう。
ここで面白いのは、クッキーは牛を初めて目にするはずなのに、なぜか牛が彼に懐いてしまっている。
ここでの「やべっ」的なリアクションには笑わされた。
そして終盤、いよいよ彼らの盗みが明らかになる。
ここで冒頭の描写の意味が明らかになり観客は最悪の状況を想像するのだが、この映画はそこは描かずに示唆する程度に留めているのが、逆に観客にさまざまなことを想起させる作りになっていて、これは描かないことが英断だったように思える。
このように今作は、非常にシンプルな構造だが、見どころもきちんと中盤以降配されており、楽しめる展開も用意されている。
まとめ
ということで今作は、映画の楽しみ方の一つに贅沢に時間を浪費することにある。
そうした一面を再確認できる映画だった。
ただ雄大な開拓前のアメリカの文化的描写、そこで息づく生命。
それらをたっぷりと時間をかけて見せていく。
物語は中盤まで何も起こらず、ただ映画を贅沢に楽しむ展開が軸として展開されていく。
もちろん中盤以降の展開も非常に面白く、見応えはある。
繰り返しになるが「映画を観る」こととは何か?
その一面である「時間の贅沢な浪費」ということを再度認識させてくれる作品だったのではないか?
非常に見応えのある作品でした!