スーパーの試食で恥ずかしい思いをした話
僕は試食が好きだ。
ついつい手がのびてしまう。
デパ地下なんて宝物がいっぱいである。
例えばゲーム中にアイテムが落ちていたら一旦は拾ってはみるだろう。
そんな気分なのだ、決して貧乏性だからではない。たぶん。
そんな僕が試食の中でも好きなのが、スーパー内の実演販売である。
精肉コーナーなどで大体は40、50代の笑顔を振り撒く女性がウィンナーを焼いたり、簡単なすき焼きを振る舞ってくれる、あの実演販売だ。
敢えて言っておくが、僕は振る舞われたら必ず買っている。
もうひとつ敢えて言わせて貰うと、実演販売を遠くから見つけると、なに食わぬ顔で近づき歩調をゆっくりと緩め、すれ違う時にさりげなく今気付いたかの様に実演販売の方と目を合わせる。
すると、結構な確率で戴ける。
書いていて犯罪チックだが試食を貰うプロセスであることをご理解頂きたい。
もちろん戴いたらその場で食べながら、実演販売の方の口上に耳を傾けながら頷きつつ相槌を忘れない。
そして、
「旨い」
と程々の声量で言ってから
「じゃあ、買ってみよう」
と言いつつ商品をカゴに入れる。
ここまでが一連の流れである。
さて、本題に入る。
ある日、スーパーの野菜コーナーで試食があっていた。
売っていた商品は酢であった。
簡単に春雨サラダが出来るということで、実演販売の方の前には酢と胡瓜と乾燥春雨が並べられている。
そして実演販売の方の前には小分けされた春雨サラダも置かれている。
その時は周りに僕しかおらず、
「ひとついかがですか」
と言われ、直接手渡された。
マッチ箱サイズの器に胡瓜と春雨が絶妙に配置されている。爪楊枝で食べるというのもまた、試食の良さだろう。
僕はゆっくりと話に耳を傾けながら器を口に近づける。
そして、爪楊枝で口に春雨サラダを口に運ぶ。
その時、無意識に春雨サラダを啜ってしまった。
一気に胡瓜と春雨サラダが口に入ってくる。
それと共に喉に酢が流れ込む。
ブフォ
という音と共に春雨サラダが元通りに器に戻る。
実演販売の方が目を丸くしている。
僕の目もきっと丸くなっていただろう。
そして、ゆっくりと僕は器の春雨サラダを口に運び慎重に食べた。
実演販売の方は優しい笑顔で見てくれている。
「旨いですね」
そう言いながら、僕は少し滲んだ視界で酢をカゴに入れると足早に立ち去った。