小児科医がチームで動く時に意識するもの
絵本「みんなとおなじくできないよ」の作者で、小児科医の湯浅正太です。このチャンネルでは、子どもの心を育てるうえで役立つ情報を発信しています。そんな、子どもの心を育てるということを、あまりかたく感じないでください。ですから、紅茶でも飲みながら、ゆる〜い気持ちで聴いてもらえればと思っています。
今回は、小児科医がチームで動く時に意識するものについてお話ししたいと思います。
子どもを育てるためには、親御さんや学校の先生、そして時には医療者などが協力することが求められます。つまり、チームとして動くということです。そのことを考えるにあたり、ある病気に関わるお話をしたいと思います。それは、脚気という病気です。
あなたは、脚気(かっけ)という病気を知っていますか?脚気は、ビタミンB1という栄養素が欠乏して起きる病気です。ビタミンB1が不足すると、体の隅々に張り巡らされている末梢神経というものに障害が出たり、心臓がうまく機能しなくなってしまいうことがあります。
現代の生活で普通に食事をしていれば、脚気にはまずならないでしょう。でも、野菜などの副食が充実しておらず、米中心の生活であった昔は、脚気が深刻な問題でした。それは、江戸時代までさかのぼります。
脚気の症状は、江戸時代から少しずつ庶民の間で知られるようになりました。それは、玄米を食べる生活から、白米を食べる生活へと変わったからでした。実は精米で取られてしまう胚芽の部分には、ビタミンB1が多く含まれているのです。ですから、精米でこの胚芽の部分が取り除かれてしまうと、ビタミンB1が少ない白米ができることになります。
今のように副食がしっかりあれば全然問題はないのですが、副食が十分でない状態で、胚芽の部分が取り除かれてしまった白米ばかり食べていると、ビタミンB1が不足してしまいます。そうすると、脚気の症状を認めるようになるということです。
江戸時代に起きていたことは、こんなことです。地方で玄米中心の食生活をしていた人が、地方から江戸を訪れて白米ばかり食べる生活をする。すると、体調が悪くなる人が多く出た。でも、江戸から地方に帰って、玄米中心の食生活に戻ると体調が回復する。でも、その原因がまさか食生活にあるなんて、思ってもみませんでした。江戸に行くと体調が悪くなることから、脚気の症状を「江戸わずらい」なんて言っていたのです。
そして、このことがさらに注目されるようになったのは、明治になってからです。明治政府によって富国強兵や殖産興業の政策が進められる中で、地方の若者たちの食生活が同じように変わっていったんです。それまで地方で雑穀を食べていた若者が、徴兵されたり、労働者として働かされるようになりました。
そうした若者たちには、副食が少ないけれど、たくさんの白米中心の食事が提供されたのです。するとその若者たちは、ビタミンB1が欠乏した脚気の症状を呈するようになりました。
なかなか脚気の原因が明らかにならない中で、この脚気は軍隊でさらに大きく取り上げられるようになりました。軍隊では、兵士は皆同じ食事を摂ります。しかもその食事が白米中心の食事だった。すると、脚気の症状を集団で認めるようになったのです。
そんな脚気に対して、大きく2つの説が話題にあがりました。それは、海軍が唱える栄養説と、陸軍が唱える伝染病説です。
栄養説を唱える海軍には、高木兼寛(たかき かねひろ)という人がいました。今の東京慈恵会医科大学の創設者とも言われている人です。彼は、脚気と栄養素との因果関係を追求する実験を通して、脚気の原因が食事にあると疑っていました。
一方で、そんな海軍の栄養説を批判していたのは、陸軍です。伝染病説を唱える陸軍には、森林太郎(もり りんたろう)がいました。森林太郎は、明治・大正を代表する文豪のひとりとして知られる、森鴎外(もり おうがい)のことです。彼は、陸軍の軍医であり、作家もしていたのですね。
当時主流であったドイツの医学を学び自信をつけていた森林太郎は、脚気を伝染病と考え、高木が提唱する栄養説を批判していたのです。ただ、森林太郎の考察には、実際の現場で検証を重ねるという姿勢が欠けていました。そのため、脚気の原因が伝染病であるという誤った解釈をしてしまったのです。
その結果、海軍と陸軍はどうなったか?栄養説を唱える高木兼寛が率いる海軍では、軍隊の食事にビタミンB1が含まれる麦飯を取り入れて、脚気患者が激減しました。一方、伝染病説を唱える森林太郎が率いる陸軍では、脚気患者が一向に減らない状況に陥りました。日清戦争でも、日露戦争でも、陸軍の方は脚気により多くの犠牲者を出したのです。
このように、実際の現場の様子をしっかり観察して、正しい情報を得ること。それは、チームの成功を生む鍵になります。それは、子どもを育てるうえでも、とても大切と思っています。
情報はあらゆるところで操作されてしまうのものです。怒りや不安が生まれる状況だと、本来の意図とは違ったように情報が伝わってしまう。よくあることです。人の感情によって、情報は操られてしまうことがあるということです。
たくさんの人が関われば関わるほど、そこにある感情はさまざまです。色々な感情があるからこそ、情報も少しずつ変化してしまうことがあります。こちらが伝えたかった内容とは、少し違って捉えられてしまう。そんなことがよくあるものです。
ですから、親御さんの声や、実際の学校現場の声、そして何より、子どもの声を確かめます。そうやって、実際の現場の様子を確認して、正しい情報を得ること。そしてその情報を同じように関係者で共有すること。それが、子どもを支えるうえで欠かせないと思っています。
実は、子どもに問題が起こった時、その問題に対する解決方法というのは、ある程度決まっています。経験があれば、ある課題に対する解決方法はたいてい立案できるものです。それでも、つまずく場合があります。そんな時は、課題に対する解決方法が間違っているというよりも、そもそも課題についての情報が間違っていることが多いものです。
やはり、チームで仕事を前に進めるためには、現場の正しい情報をフラットな感情で共有できていることがとても大切なのです。
今回はここまでです。