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小児科医が知る物語と病気の世界

絵本「みんなとおなじくできないよ」の作者で、小児科医の湯浅正太です。このチャンネルでは、子どもの心を育てるうえで役立つ情報を発信しています。そんな、子どもの心を育てるということを、あまりかたく感じないでください。ですから、紅茶でも飲みながら、ゆる〜い気持ちで聴いてもらえればと思っています。

今回は、小児科医が知る物語と病気の世界についてお話ししたいと思います。

昨日の頭痛の話について、コメントをいただきありがとうございます。頭痛もそうですが、病気に悩む親の姿は、子どもに影響する。だから、なるべく病気へ対処できるようになってほしい。そんな風に思っています。そして、子どもがもし病気をもった時には、その世界を理解してあげてほしい。そんな風にも思っています。

でも病気の世界って、自分が経験していないとなかなか理解できないですよね。例えば、片頭痛自体を経験していないと、いったい片頭痛がどんなもので、どれだけ生活に支障をきたすのかなんて、わからないと思います。わからないからこそ、片頭痛を、頭の片方だけで頭痛を感じるだけのものと誤った理解をしてしまうのです。

そのわからない世界を、わかるようになるための方法の一つに、文学作品に触れるということがあります。

あなたは、芥川 龍之介(あくたがわ りゅうのすけ)という有名な小説家を知っていると思います。この芥川は、片頭痛もちだったと言われているんです。それは、彼の作品の一つからうかがい知ることができます。その作品が、「歯車(はぐるま)」という作品です。この作品を読んだことはありますか?

この作品に登場する「僕」の視界には、歯車が回る様子が見えるのです。そんな光景とともに激しい頭痛を経験する。その頭痛を感じている時には横になることしかできない。そんな頭痛を経験しながら、生きていることをも苦痛と感じてしまう。芥川の「歯車」からは、そんな世界が見えてきます。

文学作品は著者の経験を織り交ぜて書かれることが多いです。おそらく芥川自身が片頭痛をもっていて、その経験をもとに書いたのではないかと言われています。そして病気をもとにした作品は、芥川の作品だけではありません。例えば、ルイス・キャロルが書いた「不思議の国のアリス」です。

あなたは「不思議の国のアリス」という童話を知っていますよね。幼い少女アリスが不思議の国に迷い込み、様々な体験をする中で、身体が小さくなったり、大きくなったりと変化する話です。

実は片頭痛には、「不思議の国のアリス症候群」というものが合併することが知られています。この「不思議の国のアリス症候群」は以前の放送でも触れました。いつだったかな?1月17日かな。多分そのあたりだと思います。

この「不思議の国のアリス症候群」は、童話「不思議の国のアリス」にちなんで名付けられた病名です。「不思議の国のアリス症候群」では、自分の身体の大きさや形が変化したように感じるという症状があるのです。そして、見ている物体の、大きさや形、そしてそこまでの距離が変化したように感じるという症状もあります。

こんな「不思議の国のアリス」を書いたルイス・キャロル自身も、片頭痛もちだったとも言われています。片頭痛をもっていて、その片頭痛に合併する「不思議の国のアリス症候群」をもっていたからこそ、「不思議の国のアリス」という世界観を物語にできたと言われているのです。

このように、あらゆる文学作品の中に、さまざまな病気の世界が書かれていることが少なくありません。ですから、文学作品を読むにあたって、そこに登場する病気の世界を理解しながら読み進めることができると、物語が格段に面白くなるものです。この病気をもっていたら、そんなことも起きるよね。そんな風に物語の展開を違った角度から理解することができるのです。

僕自身も、典型的な片頭痛をもっていますし、「不思議の国のアリス症候群」ももっています。芥川の「歯車」も、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」も、そりゃそうだよねと共感する内容が少なくありません。

視界が歪むような、歯車のような世界も経験します。見える物体が大きく映ることも、物体との距離が離れていくように感じることもあります。それが当たり前の中で生きています。

そんな僕の外来に片頭痛をもつお子さんや親御さんがやってきたとき、経験しているであろう片頭痛の症状をズバズバうかがっていくと時々驚かれることがあります。「なんでわかるんですか」って。だって僕が経験しているんですから、自分のことのようにわかりますよ(笑)。

そうやって自分のことのように相手の片頭痛を理解できるので、芥川が今の時代に生まれていたら、芥川の最期も違ったのではないかと思ってしまいます。それほど、片頭痛にしっかり対処できれば、その人の人生が大きく変わることを知っています。でも一方で、適切な治療がおこなわれていたら、「歯車」のような作品は生まれていなかったかもしれない、なんて風にも思います。

その人の生きがいを、どこに置くのかということですね。

今回はここまでです。

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