でんぱ組.inc エンディングツアー(初日)

幕張にくるのは2度目のはずなのに、1度目の記憶は少しもなくて、見知らぬ道を新鮮な気持ちで歩いた。
2025年1月4日、でんぱ組.incのエンディングライブに参戦するためである。


朝。
始発の新幹線に乗り、物思いに耽りながら遠くに登る朝日を眺めていた。
時刻は7時。翌5日の19時には大体ライブは終わっているだろうから、36時間後にはすべての結果発表がなされることになる。

エンディングが発表されたのは4月だった。それから全国各地を巡るエンディングツアーを経て、いよいよ辿り着いたラストライブである。
でんぱ組.incは16年の歴史があって、私の推しはほぼ結成当初からのメンバーであるから、私がでんぱ組.incを知った時にはすでにもう「でんぱ組.incの相沢梨紗」だった。だからこそ、でんぱ組.incがなくなった後の世界が、相沢梨紗が相沢梨紗でなくなった後の世界が、想像できなかった。

でんぱ組.incは紆余曲折の歴史があるアイドルグループである。
ドン底の地下アイドル時代、6人になってからの快進撃と絶頂、一番人気の最上もがの脱退、功労者の脱退と新メンバーの加入…。

特に6人時代には、メンバーそれぞれのパーソナルな部分に触れた歌『W.W.D.』や、メンバー同士の軋轢を歌った歌『WWD2』などもあり、それが人気の秘訣でもあった。6人体制以降のメンバーに拒否反応を示す人も一定数いたのも事実である。

光と影のあるグループであるからこそ、いろんなエンディングライブを想像した。
旧メンバーが集結してW.W.D.を歌うんじゃないか。
最後に「新生でんぱ組.inc〜強くてニューゲーム〜」というチームが発表されるんじゃないか。
メンバーがそれぞれ泣きながら今の想いやこれからのことを話していって、お通夜みたいな雰囲気になり、私も感情の歯止めが効かなくなるんだろうな。
36時間後、どういう気持ちになっているのか、高揚感と不安がないまぜになった、変な気持ちだった。


開場は17:00だったが、9:30くらいに幕張に着いた。グッズの販売開始時間は12:00なのだが、それでも結構な列ができていた。
そんなに欲しいグッズが多かったわけじゃなかったけれど、「こうやって並ぶのも最後だろうしな」と思って並んだ気持ちの方が強かった。

なお、グッズは結局めちゃくちゃ買った。
スクラッチで限定100着しかないシャツを当て、少しだけ報われた。


会場付近には続々とでんぱ組.incのヲタクたちが集結していた。
隣でRock’n on sonicという洋楽フェスをやっていて、その客も混ざって、カオスな空間になっていた。

でんぱ組.incは歴史が長いから、ファン層も幅広い。
エンディング宣言以降にでんぱを知った人もいれば、18年でんぱ一筋の人だっているのだ。

その上、でんぱ組.incは「いじめられっ子や根暗なオタクがマイナスの状態からスタートし、宇宙を救うアイドルになる」というストーリーがあって、そのストーリーに自分を重ね、「でんぱに命を救われた」という人も数多くいる。

そうでなくたって、その長い活動期間の間にサブカル系アイドルのトップランナーとしていろんな人に影響を与えている。でんぱがいなかったら生まれてなかったクリエーターもいるし、世の中にこんなに地下アイドルは生まれてなかったさえと思う。

現役のヲタクだけでなく、解散を聞きつけて最後を見届けにきたかつてのをたく人もいる。

人生を捧げた人、青春を費やした人、命を救われた人、影響を受けた人。

いろんな人たちの感情が渦巻いて、幕張の空に飲み込まれていくのがわかった。


開場は17時から少し遅れた。ホール内の廊下にはメンバーの花や写真が並んでいる。
その並びに、これまででんぱ組.incを卒業したメンバー(OG)のサインが書かれた色紙があった。
ぐっと心が熱くなる。


会場に入り、舞台をみた。

圧巻、だった。

左端には彼女たちの始まりの地であるライブバー「DearStage」のシャッターが鎮座し、残りの部分は歴代ライブ衣装で埋まっている。
その合間を縫うように、巨大なサイリウムのオブジェが建てられている。
ライブ衣装はまるで怨念の塊のようだったし、サイリウムはまるで墓標のようだった。

でんぱ組.incは「解散」という言葉を使わなかった。
でんぱ組.incという活動を一つのストーリーとみなし、その物語がエンディングを迎えるという形にしたのだ。
解散ではなく、活動終了でもなく、大団円のエンディングなのだ。

始まりがあって、歴史があって、その全てがエンディングに収束していく。


なかなか始まる気配がなかった。
席に着いてペンライトを準備し、ソワソワしながら開演を待つ。
わずかな音量で流れているBGMに耳を傾けると、なかなか玄人好みしそうな渋い曲ばかりで、懐かしい気持ちになる。

開始予定時刻から15分くらい遅れて、突如音楽のボリュームが上がり、そして消えた。一瞬の静寂ののち、いつものオープニング曲が流れ始める。ヲタクたちはその曲に合わせて手拍子を打つ。
否応なしにボルテージが上がった。


始まった瞬間、度肝を抜かれた。
1曲目のギラメタスでんぱスターズからド派手な映像とド派手なレーザー。光量と音量の暴力が脳天を直撃する。負けじと声を張ってコールを叫ぶ。今までの何倍も大きな声が出た。

3曲ぶっ続けで披露した後、いつもどおりのメンバーの自己紹介がある。
その後、普段ならいろんな雑談があるのだが、この日に限っては何もなくすぐさま曲に移った。


そこからメドレーを含め、でんぱ組.incは休むことなく歌って踊り続けた。


センターの古川未鈴が言っていた。余計なMCをするくらいなら一曲でも 多く歌え、と。

「アイドルはパフォーマンスで語れ」

そんな古川未鈴の無骨な哲学が反映された、最後の最後に来て過去最高に尖った構成だった。


でんぱの振り付けは簡単なものじゃあない。走ったり、倒れたり、人の上に乗ったり、撃たれたり、とにかくもうドタバタなのである。
曲だってそうだ。でんぱ組.incの楽曲の特徴は、1音に3文字がデフォルトの、BPMが速い「電波ソング」である。7人の歌割りがあるとはいえ、バラードばかり歌うのとは訳が違う。

それを一部の隙もなく詰め込んだセットリスト。正気じゃない。


こちらも着いていくのに必死だ。
必死で声を出し、必死でペンライトを振り、必死で目に焼き付ける。
不思議な高揚感のなかで、悲しさや寂しさを感じる暇は微塵もなかった。

ふと、後ろの巨大サイリウムが光っているのが目に入った。左端のサイリウムは紫に光っている。それは、志半ばで脱退した最上もがのメンバーカラーだ。
墓標のように立てられた巨大サイリウムの数は全部で15本。
ライトの色はそれぞれ、現メンバーとOGのメンバーカラーに光っている。


驚くべきことに、でんぱ組.incずっとぶっ通しで歌って踊っているのに、パフォーマンスは最高を更新し続けていた。

でんぱ組.incは元々、DearStageというライブスペースのあるバーから始まったグループだ。初期メンバーはただのバーのスタッフにすぎない。
たくさんの原石の中から発掘されたわけでも、何千人のオーディションを潜り抜けてきたわけでもない。

それでも、16年という月日で研鑽を重ね、レベルをマックスまで上げたでんぱ組.incは、弱々しさも初々しさもなく、ただただ究極で完全なアイドルグループだった。


「でんぱ組.incを忘れないでね、忘れないから!」というごくごく短い口上の後、この日のために作られたW.W.D Endingが披露された。
音源は公開されていたが、ライブで聴くのはもちろん初めてだ。

曲が始まった瞬間涙が溢れ嗚咽した。
絶対に見れないと思っていた『W.W.D』と同じ振り付けだった。
そのあとこの曲は「シメっぽいとかベタでいやじゃん/ひゅーどろどろ花火で終わろ」という歌詞のとおり花火のような賑やかさで駆け抜ける。
それでもって間奏にはまたW.W.Dからのサンプリングがあり、ここでもまた涙が溢れる。

最後にでんぱ組の原点ともいうべきFuterDiverが披露され、でんぱ組.incは未来に帰って行った。


アンコール。叫ぶヲタクの声に、より一層熱が入っているのがわかった。


メンバーが舞台に舞い戻り、アンコールが始まった。

一曲目はアカペラに近いバラードの『秋の葉の原っぱで』で、みんなが丁寧に丁寧に歌い上げるのがわかる。
歌詞の一つ一つを噛みしめる時間が長い。今の状況を暗喩しているように思え、ここでも感情が揺さぶられる。

そして次は『WWDBEST』。
この曲は2016年に発表された当時の集大成のような曲で、「でんぱ組.incは解散するのでは?」という空気が漂う中で発表された、でんぱ組.incの未来への決意表明のような曲だ。
もちろんヲタクにとって思い入れの強い曲で、「BESTもやってくれるんだ!?」と感無量になる。

大爆音とともにテープが降り注ぐ。
爆発音のあまりの大きさに、しんみりする暇がなかった。

わずかなMCののち、でんでんぱっしょんを経て、いよいよ最後の曲になった。


最後の曲は『オレンジリウム』だった。
皆がペンライトをオレンジに灯らせ、会場全体が夕陽のように染まる。
でんぱ組.incのライブ終わりには定番の曲で、否応なく終わりを感じさせる。

巨大なモニターにエンドロールのようにメンバーそれぞれの名前が表示され、いつも通りの満面の笑みのメンバーが順々に映る。
その顔はなんだか晴れやかで、憑き物が落ちたようだ。

現行メンバーの後、OGの名前と会場にいるOGの名前が表示される。
そこに最上もがの名前はなく・・・

と思ったら、最後の最後に「最上もが」の名前が表示された。
それだけじゃない!7年前の当時の衣装を着ている!
これには会場全体から大きな声が上がった。

そのまま長めの間奏が続き、不思議がっていると舞台にもがが現れた。

そして未鈴がいう。
「これまでできていなかったもがちゃんの卒業式をします!」

この日1番の歓声が上がり、誰もがこれを祝福した。

最上もがの脱退は、でんぱ組.incの歴史にあって最大の陰だった。
いろんな理由が憶測されて、もが推しはもちろん、他推しのファンのみんなも少しずつわだかまりを持ってだと思う。
口ではなんと言おうが、SNSで何と書こうが、そのわだかまりは消えることはなかった。
それがこの瞬間、すっかり晴れた。

マイクを持ったもがが、そのまま落ちサビを歌う。

わたしのなかの
きみが住んでる場所
秘密の箱 宝物

もがちゃんが初めてもらった落ちサビで、特に思い入れの強い部分だった。
行き場をなくしていたもが推しの魂が、急速に浄化されていくのがわかった。



大きな陰に光が差して、全てがうまくおさまった。

「以上、萌きゅんソングを世界にお届け!でんぱ組.incでした!」

そう挨拶して、でんぱ組.incは去って行った。


エンディング初日は、まさかのMCなしだった。
3時間以上にわたりただただライブパフォーマンスをぶつけられた。

こんなライブは全く予想外だった。
でも、想像を余裕で上回るくらい最高のライブだった。

自分の想像がとても浅はかだったのかもしれない。
最高のパフォーマンスを見せ、最高のライブを届ける。
これが正解だったんだと思った。
余計な要素は一切なくて、でも完璧で一部のすきもなくて、最高で、究極。「悲しい」とか「寂しい」とか、そんな気持ちを全部吹き飛ばすようなライブだった。
高揚感と多幸感。
ほわほわした気持ちでホテルまでの道を歩いた。

でも、今日はまだ最後じゃない。
今までにやり残したことをやり終え、伏線を回収しきった。
万全の状態で本当の本当に最後のライブに挑むんだという、メンバーの意志も感じられた。


最後の夜が更け、最後の朝が始まった。