「専門性がないこと」は弱みか強みか
こんばんは。ゆうこです。
実は私、長い間「専門性がない」ことに苦しんでいます。具体的には、大学院1年目から。
大学院は、特定の分野を専門的に研究するところ。修士課程は2年なので、その期間で研究をして、結果を出して発表するためには、ピンポイントに研究課題をしぼらなくてはいけません。
私には専門性がありませんでした。だから、博士課程に行けなかった。
「専門性がない」ことの一因に、看護師のキャリアがあります。新卒で入った病棟は、肝臓内科・腎臓内科・呼吸器内科・循環器内科・糖尿病内科の5つが入った混合病棟でした。つまり、7人患者さんを受け持つのであれば、Aさんは肝臓病で入院、Bさんは腎臓病で入院、Cさんは糖尿病で入院、とてんでばらばらの患者さんを一度に看ていたのです。
そこで求められたのは、1つの臓器を専門的に深めるというよりは、すべての臓器を網羅的に看護できるようになることでした。
「大学病院のような、1つの病棟で1つの科をずっと見ていたら、その専門になれたのかな」
これは、今でも思っています。大学病院に行って、神経内科の看護を追求し、専門看護師になった友人を見ていると、専門性へのあこがれは一層強くなりました。
さて、なんでこんな過去のことをグダグダ言っているかというと、最近また専門性について悩んでいたからです。看護師ではなく、ライターとしての。
「どんなライターになりたい?」
この問いにいつも答えられません。まだ専門的にやっていきたいと思う「わく」がないから。ライターってこんな働き方があるよ、といわれる例を見ても、いまいちピンとこないのです。
5日のシェルパオブライターズの受講中に聞かれて(ちょっとニュアンス違ったけど)、悩みながら答えました。
「インタビューライターもおもしろそうだけどまだ書いたことないし、SEOは向いてなさそうだし、うーん…。」
すると、講師のひのりほさんからの言葉に衝撃を受けました。
ハッとしました。確かに、私が使うことばでお役に立てるのであれば、形はなんでもいいのでは…?メルマガでもイベレポでもインタビューでも。
ことばでできることを幅広く学んで、力をつけられれば、困っている人にことばでできる最適な形を提案できるようになる。それはむしろ強みなのでは?
脳裏に1つの出来事を思い出しました。大学教員採用の面接でアピールした言葉です。「看護実習で配属される病棟は、自分の専門ではないところに行くかもしれませんよ」と言われたときの回答でした。
「私は混合病棟にいたので、胸から腹部まで網羅的に看ることができます。」
1つの科を専門的に深くは勉強してきていないけれど、複数の科を経験してきたからこそ網羅的に、かつ全身を看ることができる、とアピールしました。これが功を奏したのか採用していただきました。
実習で学生に教えなければならなかった関係で、触れてこなかった整形外科や脳外科領域についても猛勉強したので、今ではどの科に配属されても看護師として働ける自信があります。(ただし、産科と小児科は除いて)
ライターとしてもオールラウンダーで働けるようになればいいなぁ。むしろ飽き性の私にとってはそっちのほうがあってるかも?
「専門性がない」ことは弱みだと思っていたけど、裏を返せば強みになる。自分次第なんだろう。私は強みだと証明したい。強みにしていくんだ。