障害者を殺す事なんて簡単だ
障害者施設の部屋にヘイト思想を持った男が侵入し、入所者を次々と襲撃した最悪のヘイトクライム事件から今年で6年である。
この事件はヘイト思想を持った人間が障害者の生きる権利を奪うため、またそういう社会を実現させるために引き起こしたテロリズムである。容疑者は明確に社会を過激主義に傾けるために障害者施設のベッドルームで入所者を45人も襲撃した。過激主義者によるテロリズムだ。
テロリストは裁判所の法廷で自分の主張をペラペラ話しており、さも自分が凄い事をやったかのように錯覚している。でも間違いなく言えることは「障害者を殺す」なんて事は誰でも出来る事なんである。施設の寝室のカーテンを開けてベッドで寝ている人間を攻撃するだけである。抵抗される心配もないし、被害者家族の苦しみに向き合う必要もない。資格試験も学校にも行く必要もないし、体育館でひたすら練習に打ち込む必要もない。何かを覚える必要も、そればかりか時間通りに行動する必要もないのである。それを犯人は「誰もやらなかったことをやり、世の中の矛盾を解消してやった」などと思い込んでいるのだから本当にどうしようもない。
こんなアホに面会して話を聞く必要などない。親類の負担や福祉に関わるスタッフの待遇については、事件が起こる前から議論している人は議論している。事件が世に問いかけた事など何もない。テロリストは何も生みだしていないのである。
障害者施設の部屋のベッドで障害者を襲撃したテロリストに対して、私たちはどのように振舞うべきか。簡単である、あいつを無視する事だ。価値のないテロリスト、誰でもできる簡単なことをしでかしてその事を偉大だと思っている勘違い人間として扱う事だ。あいつに言論の場所を与えず、名前さえ忘れる事だ。これはNZの女性首相がヘイトクライマーによる宗教施設事件に対して、議会議事堂の壇上で決然と示した姿勢だ。
あの男の言動、言論を拡散してはならない。あの男は議論の場にも社会にも居場所などない。
そして事件被害者と親族の苦しみを決して忘れないようにしよう。彼らが大切な家族を愛していたという事を。