感情を言葉にすると、すこしだけ落ちついた。
そうなんだよね、記録することが好きなんだ。過ぎ去る事象を、彩り豊かに表現できる文章に惹かれる。惹かれるのは、自分がその世界に近づきたいと思うからなんだ。
自分の中のもやもやや、思っていたこと、感じていることを言語化してもらえる経験は尊い。伝えてくれてありがとうの気持ちと、表現してくれてありがとうの気持ちと、自分では気づかなかった悔しさと。自分で、表現できるようになりたいんだろうなという気づきと。
自分の気持ちと向き合っていると、あっという間に時間が過ぎる。
日々のやりたいと思うことと、やらなきゃと思うことと、目の前でわかっているけれど、何かの事象に触れると、手をつける前にどうしても感情が芽生えてくる。
ただ沸き上がってきた感情を受け入れる・受け止める、そんなことを学びながら、それでもどうしようもなく、感情と向き合わないと次に進めない時がある。向き合わないとではなく、向き合いたいのだろう。味わいたいのだろう。
感情に支配されてしまう。そんなものかと受け入れてみよう。
何かを理解したり、因果関係を結びつけたり、答えを見つけようと必死なのかもしれない。真面目すぎると言われることがある。本当に真面目すぎるなら、仕事で早く結果を残してるだろうって思ってしまう。真面目って何なんだろう。
間に受けすぎるのは、たしかにそうだなって思う。あらゆるものを信じてしまう。
何かに触れると湧き上がる感情を、言葉にして留めておきたくなる。ただ、その言葉にしたあとは、一歩進めるようになってる気がする。
感情を言葉にすると、すこしだけ落ち着く。支配されていた感情から、言葉を残すと、自分の身体から離れていく感覚になる。
自分の感情を言葉にしなかった時、向き合わなかった時の方が、もっと沼にはまり、自己嫌悪に陥っていた気がする。自己否定を繰り返して、現実を見ずに、何も受け入れてなかった。
感情をただ受け入れる、そしてコツコツと取り組めるようになりたい自分もいる。
感情的にならずに、感情に振り回されすぎずに、目の前のやりたいこと・やるべきことに取り組みたい自分もいる。だからたぶん、いま必死にマインドフルネスとかの本を読んでいたりもする。そんなすぐに人間は変わらない。
そして、感情がないロボットのようになりたいと思った時期もありながら、感受性が強いからこそ活かせる部分もあるはずだよねと、自分の捉え方を変えてみる。
すこし不安なのは、毎日こんなに感情と向き合う時間を持てるのかなってこと。早いスピードで移ろいゆく社会の波に、取り残されないようにしなきゃと思いながら、それでも自分のペースで自分のベストを尽くすことが大切だよねと、何度も自分に言い聞かせながら。
読んだ記事にすこし励まされたから紹介しておく。
きちんと毎日休息をとって、コンディションを整えるのも「仕事」である
今日あった悔しいできごとに触れて、いろんな記事を読みながら、手書きのノートに気持ちを整理して、一歩進みたかったから、スタバに来た。そしたら、たくさんの人が並んでいて、スマホを開いて読んだnoteに、自分の気持ちが動いたから、並んでいる間に言葉にしてみた。
2021年の初めてのnote。メモ帳につらつら連ねながら、自分の気持ちの整理をしてた。2021年が終わる時には、感情と仲良くなれてたら良いな、うまく付き合えたら良いなと思うから、公開してみる。
いろんな価値観がある。いろんな考え方がある。果たして自分は、どうありたいのか。自分で決めよう、自分のスタンス。
文体がいつもと異なるような気もしている。ただただ、書き進めたコトバたち。