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誕生日のプレゼント②


店員は、ジャラジャラと束ねられた鍵の中から1本の鍵を選び、ショーケースの扉を開けた。そして、白い手袋の手でうやうやしく腕時計を取り出した。

妻が少し気になったのが、その店員があまり時計の扱いに慣れていように見えたことだ。

まず、ショーケースの鍵を探すのに、随分と時間がかかっていた。そして、ショーケースから腕時計を取り出すことも元に戻すことにも手こずっていた。さらには、時計に関する質問をしても、あまり的を射た答えが返ってこなかった。
妻は、ちょっとした違和感を感じつつも、
"きっと私の気のせいよね"
と、すぐに気にすることをやめた。

どうやら夫は、買う方向に気持ちが傾いてきたようだ。選んだ3本のうちの1本を手に取った。それは、文字盤の下の部分に秒針盤が別に付いている、シンプルかつ洗練されたデザインのものだった。妻は夫の顔の横から覗き込み、
「コレ、素敵ね。この値段で買えるならお買い得じゃない?」
と、言った。
普段、何事にも趣味の合わない夫婦だが、今回は珍しく意見が合ったようだ。

実際に手首にはめてみると…ダークブラウンのベルトは、しっくりと手首に馴染んだ。そして、シンプルな中にも品の良さを感じる文字盤…夫はそれを眺めながら、自分の手首を軽く動かしてみた。

「コレ下さい」
夫には珍しく、即決したようだ。
「ではこちらの方へ」
と、店員は夫婦をレジへの方へと案内した。

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