ついにコーヒーを豆で買うようになった話
※最初に断っておきますが、タイトルにはシンプルに"豆で"と書きましたが、実際はドリッパー用に挽いてもらったものを購入しています。ミルで自分でその都度豆を挽くところまではまだ到達していません。※
コーヒーがとても好きな人、コーヒーへのこだわりが強い人って、誰の周りにもわりとたくさんいると思うんですが、私は今までをそんな人たちを「オシャレだなー」なんて思いながら、違う世界に住む人間を見るような気持ちで遠くから眺めている人でした。
いつ頃からコーヒーが飲めるようになったかははっきり覚えていませんが、私も大人になってからは日常的にコーヒーに慣れ親しんできました。でも味や香りの違いなんて全然わからないし、家ではインスタントコーヒーしか買ったことがありませんでしたし、それで十分満足でした。
人がコーヒーに目覚めるきっかけってまぁ色々あるとは思うんですが、おそらく一般的には「eye openingな美味しいコーヒー体験」が主流になってくるかと思います。今回は、私にとってのそんな"美味しいコーヒー"との出会いの話です。
渡米して最初に住んだ家のホストマザーだったクリスティーンは、お菓子作りが趣味で家の中はいつも焼きたてのクッキーやブラウニーの香りが漂い、毎朝ポットにたっぷりのコーヒーを作っている人でした。クリスはいつも、私にアメリカンサイズのどでかいガラスのマグカップになみなみとコーヒーを淹れてくれ、手動でホイップにしたたっぷりのミルクをその上にのっけて、さらにシナモンまでかけてくれました。
私はそのいかにもアメリカン(私的に)なビジュアルに感動して、初めてそれを作ってくれたときはすげーすげーと大興奮し、喜ぶ私を見てクリスもニコニコしてくれて、私は彼女が作ってくれるコーヒーが大好きでした。
しかし正直に言うと、このコーヒーの味がそれほど好きだったわけではありません。デカフェなのかアメリカンなのか、はたまたお湯の量のせいだったのかは今となってはわかりませんが、私の感覚ではコーヒー自体の味は「ちょっと薄いかな」っていつも思っていました(わからんくせに生意気な・・・!)。でも来たばかりの知らない土地で、慣れない生活に奮闘する日々の中、アメリカのお母さんのようなクリスが淹れてくれる"なみなみのもこもこコーヒー"そのものに価値があったのでした。
このエピソードは、実際私のコーヒーに対する価値観に、1ミリも影響を与えることはありませんでした。何ならこのときも彼女のコーヒーにありつけなかったとき用に、スーパーで$2.99のインスタントコーヒーを買っていたくらいです。
しばらくして、彼女とは一緒に住まなくなりました。そしてその頃くらいから、知人の日本人に紹介された一人暮らしのアメリカ人の老紳士に日本語の家庭教師をすることになりました。私は彼をマックさんと呼んでいました。
授業をしに家に行くと、マックさんは「何を飲みますか」と聞いてくれました。子供みたいにアップルジュースを飲むのも変だし、紅茶でもコーヒーでも別にどっちでもよかったけど、とりあえずその日は家で紅茶をすでに飲んできていたので「コーヒーをお願いします」と言いました。
マックさんは、「コーヒーが好きですか」と聞きました。私は、「(コーヒーも紅茶も同じくらい好きだし、一緒に食べるものによってどっちか決めるって感じで、特別こだわりはないけど)はい」と答えました。
当時の私は今よりももっとずっと英語が下手で、微妙なニュアンスや長い説明をするのが苦手でした。だからよっぽど事実と違わない限りは、イエスかノーか、右か左か、いつもシンプルに答えていました(留学生のみなさんは真似しないで、頑張って会話を膨らませてくださいね)。
また別の日に、彼に日本語でいわゆる比較級を教えていた時です。「コーヒーと紅茶、どちらが好きですか」というような例文をやりました。マックさんが質問し、私は答え方の説明として「コーヒーのほうが好きです」と答えました。
そんな感じで、もちろんウソではないのですが、マックさんの中で「ユウコはコーヒーが好きだ」という図式が出来上がっていきました。数回目の授業からはもう飲み物を聞かれることもなく、当然のようにコーヒーが出てくるようになりました。
ある日いつものように授業を終えると、「今日はプレゼントがあるんだ。目を閉じてここで待っていて。とても驚くよ!」とマックさんがいたずらっぽく言いました。私はなぜだかわかりませんがとても不安な気持ちになりました。
「さあ目をあけて!」隣の部屋からごそごそと何かを運んできた彼にそう言われ、恐る恐る目をあけると、そこには高さ60cmほどの大きな箱が。それを見て、これから自分の生活に起こるであろう変化に対応する心の準備が出来ていなかった私は、少し震えながらできる限りの語彙と表情で感謝の気持ちを表現するので精一杯でした。
マックさんがプレゼントしてくれた箱の中身は、見るからに高そうなキューリグのコーヒーメーカーでした。
「君はコーヒーが大好きだからね!」と満面の笑顔で、でも少し照れくさそうに言うマックさん。確かにコーヒーは好きです。でも、まさか間借りしているだけの狭い自分の部屋にコーヒーメーカーを置いてまで飲む生活をするほど大大大好きなわけではないし、当時のホストファミリーとは仲が悪いとまでは言わないもののあまりいい関係ではなかったので、キッチンには到底置けそうもないし、「とても驚いた、ありがとう!」と言いながらも、心の中ではどうしよう、という気持ちでいっぱいでした。
しかしせっかくのご厚意を無駄にするわけにはいきません。彼は機械だけではなく、専用のカップに入った箱入りのコーヒーまでちゃんとくれたのです。私は家に帰ってから、部屋にもともと設置されていたランプや花瓶などを(勝手に)撤去し、棚の上になんとかスペースを確保。かくしてある日突然、私の部屋には分不相応にファビュラスなコーヒー空間が出来上がったのです。
私にはもったいないと思いながらも、やっぱりマシンによって毎回適切なお湯の温度と量でドリップして作られるコーヒーは間違いなく美味しく、それからはほぼ毎日コーヒーを飲むようになりました。図書館に行くときや外出のときも持っていけるように、コーヒー用の紙カップと蓋も買うようになりました。
そんな夢のようなおうちコーヒー生活は、大学院を卒業して住んでいた街から引っ越す時まで約1年半ほど続きました。残念ながらマックさんがくれた立派なコーヒーメーカーを持って帰ってくることはできなかったので、車や身の回りのものと一緒に後輩に譲ってしまいましたが、この頃にはもう「家で飲むのはインスタントコーヒーでいい」という感覚はすっかりなくなっていました(こんな書き方をしておいて何ですが、決してインスタントコーヒーを馬鹿にしているわけではありません)。
帰国して一旦実家に戻ってからも、家で「コーヒーが飲みたいなぁ・・・」と思うことが多くなりました。そこで私は、1回ぶんごとがパックになった市販のペーパードリップコーヒーを買いました。それが完全帰国後、最初に買ったコーヒーでした。
再就職して実家を出てからも、市販のドリップコーヒー生活は続きました。特にこれといったお気に入りはなく、スーパーでよく見かけるBlendyとか、安売りになっているものなどを適当に選んでいました。
ちなみに、私は少しマイルドな感じが好きなのでコーヒーはノンシュガー+ローファットミルクが定番です。確実なエビデンスがあるかと言われれば微妙ですが、ブラックコーヒーを頻繁に飲んでいると胃に悪い感じがするので、必ずコーヒーにはミルクやクリームを入れるようにしていました。
今の職場で、ある日コーヒー好きの先輩が、自分が飲むために持ってきた市販のペーパードリップのコーヒーの残りを何個か病棟の休憩室に置いていってくれていました。私は普段1時間しかないご飯休憩でゆっくりコーヒーを飲むことはあまりないんですが、その日はわりと余裕があって、せっかくだからそれをいただくことにしたんです。
いつものようにミルクを入れたいところですが、あいにく職場には都合よくミルクの常備なんてなく、ブラックで飲むことにしました。
休憩室の電気ポットでお湯を入れて、さあ飲もうとソファにふと座って、はっとしました。
めっちゃいい香り・・・!
だいぶ職場には慣れてきて、とても緊張して仕事をしているわけではなかったのですが、やはり色々考えながらそれなりに気を張って働いて、やっとゆっくり腰を落ち着けたという時に手にする暖かいコーヒーの香ばしい香りに、すーっと全身の感覚が奪われました。
一口飲んで、うわ、美味しい。いつもは適当にミルクを入れているところをその日はブラックで飲んだので、余計にコーヒー本来のまろやかでコクのある風味がよく引き立っているように感じました。
その時飲んだのが、あのスターバックスのORIGAMIドリップだったのです(どの種類だったのかはわかりません)。
ここまで読んでいただいた方にはもうおわかりかと思いますが、冒頭で述べた私にとっての"eye-openingコーヒー体験"は、これだけクリスやマックさんのエピソードを長々と書いておきながらも、強いてピンポイントで言うなれば、新しい職場でのこのORIGAMIドリップの一杯だったように思います。
でもそこに至るまでには、インスタントコーヒー時代から今日までにあった、やっぱりあのクリスやマックさん達とのコーヒーの日々がベースにあったと思うのです。
やはり適切な分量で淹れられたコーヒーは間違いなく美味しいし、美味しいコーヒーはブラックで飲むといっそう香りも風味も楽しめるんだなということを、何年もコーヒーに無頓着だった私に気づかせてくれました。
そして最近になってようやく、私はコーヒーが好きだなと自分でも自覚するようになってきたので、家でもわざわざ(紅茶でもコーヒーでもなんでもいいというわけではなく、あえて)美味しいコーヒーを飲みたいと意識的に思うようになりました。
どうせ毎日のように飲むのであれば、割高なパックのドリップコーヒーではなく、少し手間がかかってもハンドドリップで淹れるようになりたいと思い、フィルターとペーパードリップ用のコーヒー豆をお店で買うようになったのです。
20代半ばまでコーヒーの味の違いなんて知らず、コーヒーの味でカフェの好みがあったり、洗い物が増えるのに自宅でわざわざコーヒー用の器具(ドリッパーとかフィルターとか)を持っていて、お店で豆の種類を選んでいる人なんて違う世界に住む人だとずーっと思っていて、これからもきっとその世界とは一生無縁だと思って生きてきました。
そんな私が、海外での学生生活を経てこれまでの自分の生活範囲や習慣を一新したことによって、美味しいコーヒーって幸せだなって思えるようになって、気づけばコーヒー専門店のカウンターの前で、ガラスケースに入ったたくさんのコーヒー豆を眺めながらどれが美味しそうかな、なんて考えるようになったことに自分でちょっとびっくりしています。
今もうすごいコーヒー通かと言われると全くそんなことはないですが、筋トレの話と同じように、数年前の自分とはコーヒーを見る目ががらっと変わったと感じています。
今まで自分という人間を知らず知らずのうちに作っていた生活や習慣をまるっと一新すると、それまでの人生の文脈の中でなんとなくやっていたことから、自分が本当に好きなもの、興味があるものに気づきやすくなると思います。
今は、先日買ったKALDIの期間限定SPRING BLENDを飲みながらこれを書いています。商品説明にあるように、華やかで春らしい味わいで、私はとても好きです。
あー美味しいコーヒーって正義。
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