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ラジオがきっかけで気づいたこと

10年前、今よりも生きづらかった。

高校生だったあの時、
必要以上に悩みすぎていた。
何かに悩みながら生きる方が真剣に生きている気がしていた。


いろいろ悩んでいたらなかなか眠れなくて、
久しぶりに深夜ラジオを聞くことにした。


ラジオではゴールデンボンバーの鬼龍院翔さんのオールナイトニッポンが流れていた。

数ヶ月前、「とくダネに面白いバンドが出ていたから録画した」とか親が言っていたエアーバンド。
録画を見て、友達の方がハマりそうだと思って友達にすすめた。
その後、一旦忘れていたけれどラジオを聞きながらそういうバンドがいたことを思い出した。

10年前の3月のあの日のラジオでは、鬼龍院さんがメンバーと電話を繋いでいた。
九州なまりの独特な喋り方をする人がダルビッシュケンジって言うのか。
あの白塗りのドラムの人はこういうほんわかした喋り方をするのか。
そういうことを思いながらその日はぼんやりとラジオを聞き終えた。


それ以来、眠れない時にはオールナイトニッポンを聞くようになった。
水曜日は鬼龍院さんのオールナイトニッポンが聞きたくて起きていた。
どこか落ち着きのない人がラジオで喋っていることが新鮮だったり、しゃもじを取られたヨネスケじゃないか!とかのジングルが面白かったり、全体的にあの感じが好きだった。

しばらくして近所のTUTAYAでゴールデンボンバーのアルバムを借りた。

ラジオのエンディングで流れている『女々しくて』はこういう歌詞なのかとか、あのコーナーでイントロ部分が使われているのは『トラウマキャバ嬢』って言う曲なのかとか思いながら聞いていた。
ラジオで流れている曲は聞き馴染みがあって当然のように好きになって、他の曲もポップで楽しくて、一方でバラード曲の振り幅に魅了されてどんどんハマっていった。ライブDVDつきのシングルCDを買って、何度も繰り返し見ていた。


ゴールデンボンバーを見ていると「楽しそうに生きればいいんだ」ということに気がついた。真面目にふざけて楽しそうに生きれば、楽しく生きられるのかもしれないと思った。

何かに悩み真剣に生きているつもりだった自分にとっては目からウロコだった。



いつからかゴールデンボンバーの鬼龍院さん、喜屋武さん、歌広場さん、樽美酒さんのブログを毎日のように見るようになった。過去のブログをさかのぼって見たりもした。


鬼龍院さんのブログを見てから『らふぃおら』を聞いて、なんて優しいんだろうと思った。

1回目の『女々しくて』のリリースでオリコン100位以内にチャートインした時の鬼龍院さんのブログを見て、鬼龍院さんが生きてくれていて本当によかったと心の奥底から感謝した。

それと同時に他人からすればどうでも良いようなことでも人生をプラスに導いてくれるのかもしれないとも思った。

その頃の自分は周りからすればささやかに見えるようなことがきっかけでいくつかのものを失っていた。

でもそれは自分から言わなければ他人には気づかれないようなことで、それなら何も言わずにふざけながら楽しそうに生きることで実際に楽しく生きたらいいだろうなと思うようになった。

そう生きることで楽しく生きられるようになったのか、本当のところあまりよく分からない。
でも少し楽に生きられるようになったことは、よく分かる。



今回の見出しの写真は、当時ラジオを録音する時に使っていたラジオが聞けるボイスレコーダーで、久しぶりに電池を入れてみたら鬼龍院さんのオールナイトニッポンの最終回が録音されていた。

このボイスレコーダーはポルノグラフィティのボーカルの岡野昭仁さんのオールナイトニッポンが土曜日から火曜日に引っ越しになるタイミングでリアルタイムで聞くのが難しくなるタイミングで買ったものだった。

岡野さんが放送していたオールナイトニッポンとポルノグラフィティのギターの新藤晴一さんがbyfmで放送しているカフェイン11の構成作家の今浪さんが、鬼龍院さんのラジオの構成作家もしていたのが、自分としては盛り上がる要因の一つだったな。


ラジオがあったからこそ心が楽になったし大好きなものも増えた。

だから10年後の今も深夜ラジオを聞いている。


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話は段々それてきたけれど真剣な話をするとソワソワする(^-^≡^-^)

こういう時は「ゴールデンボンバーが大好き」と「真面目にふざけてみた」をいっぱい詰め込んだnoteを見て頂こうかな(⊃^-^)⊃≡


んbye!⊂(^-^)⊃


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