【幻想日誌】文明喪失世界の魅力
光る遺跡に埋もれた機械、すごく好き
文明喪失世界とは僕が作った造語である。過去の文明が崩壊し、その遺物に囲まれたなかで人々が新たな文明を作り上げていく、そういう幻想世界の設定を指している。
正確にはポストアポカリプスに含まれる設定だが、悲壮感を感じるディストピア系のイメージに対し、過去の文明に出会い、そこから発想を受けることで文明や知識が開けていく世界を、文明喪失世界と分けて呼んでいる。
今回はそんなファンタジー世界について思いを寄せたい。
感動のソードワールド2.0
『ソードワールド』はグループSNEが展開するファンタジーTRPGシリーズであり、2.0はその第二版である。軽量ながらも熱い戦闘が楽しめる作品で、今も大人気RPGの一角だ。(現在はさらに遊びやすく進化し2.5となっている)
学生時代、すっかりこのRPGを気に入りひたすらにゴブリンとの死闘を繰り広げた。(4‐5人程度のパーティであれば安定して戦える序盤の敵だが、人員の都合上、我々は1‐2人での奮闘を強いられていた。)
魔法の武器を探し、敵をなぎ倒すことの興奮にメンバーが満たされるさなか、僕はもう一つの興奮をその設定に感じていた。
この世界、古代遺跡にロボいるのだ。
ソードワールドの世界は何度も文明の崩壊を経験しており、神々の時代や魔法の時代、機械の時代を経て、最終的に中世風の世界に行き着いた。
青白いライトで照らされる古代遺跡、奥で赤色に点灯するアイライト、冒険者たちは知る由もない自販機めいた機械や昇降機。当時はなんて素晴らしい発明なんだと感動したものだ。
……実を言うとこの設定自体はソードワールドがオリジナルというわけでもないし、それなりによくある情景だ。正にこれが『文明喪失世界』である。
※とはいえソードワールドの世界は文明喪失世界への愛に溢れている。おすすめだ。
同様の魅力的な世界というと、例えば『風の谷のナウシカ』では地球すべてがスーパーセラッミックの厚い塵に包まれており、地下深くから遺物をサルベージしながら生活をしている。あるいは人気ゲームシリーズ『Horizon』では槍と弓矢を持った民族的風貌の主人公が、植物で覆われた廃墟を探索し、前時代のデバイスや音声データを発見する。(ゾイドの良い影響を受けたと思われる機械獣のデザインや、失われた文明の部品を切り出して作った鎧が最高の作品だ。)
元ネタとなった歴史的事件
文明喪失世界は僕たちに刺激的なインスピレーションを与えてくれるが、実際これは他人事ではない。ずばり、この現象の元ネタは中世暗黒時代だ
中世の歴史は西ローマ帝国の崩壊から始まるが、ざっくりと言ってしまえばこの時代、ヨーロッパ地域の製造技術やインフラ、システムはローマ帝国が支えていた。これがすっぱり途絶えた文明の切れ目こそ、後に暗黒時代と呼ばれることになる
全ての道はローマに通ずというが、実際ローマは物凄くたくさんの道を作った。現代まで残る街道はもちろんのこと、ローマ軍はその力を示すため、未征服の土地に進軍する際、毎日移動先で拠点を建設し、拠点同士を道路でつないだ。(驚くべきことに本当に毎回6,000人の軍団兵が定住可能な拠点を長方形の居住地を整地し、壕を掘り、建設したようだ。ローマ怖い。。。)
そこにはローマが誇るローマンコンクリートと呼ばれる超技術も度々使われた。これは現代でも研究が続けられている高度な建材で、完全な再現には至っていない。
ローマのコンクリートは耐久性に優れ、水道橋やコロッセオ、大浴場の建設にも用いられた。ご存知の通りこれらの建物の多くが2000年後の今にまで残っている。
しかし、突如ローマ帝国は崩壊する。広大なヨーロッパの森林にはコンクリートの建物や、街道、武器や陶器だけが残され、誰もが修繕の方法を残せず、やがて設備の使用方法を知るものはいなくなった。人々は得体のしれない奇妙な石造りの町で、厳しい冬の時代を過ごすことになった。
崩壊は凄く突飛な事件かと思うかもしれないがそうでもない。街道を通して安定した公益が進めば、適材適所で産業を行うのが最も効率がいいのが経済学の大原則だ。そうなると中央を担っていたローマ帝国の喪失が各都市の名産品の需要を絶ち、あっという間に産業レベルが下がっていく。こうなるとほんの一代で各都市で特化した技術、文明は途絶え、より原始的な活動が自然と残されるのだ。数世代あとの子供たちが、父祖の使った道具の価値を理解することは難しい。
これこそ、文明喪失世界の様相だ。きっと崩壊後数百年後の人々は、ローマの失われた遺跡を発掘し、古代人の謎に頭をひねり、そこからの発想を芸術や技術に発展させていたことだろう。
片方で、そんな文明を持った人間たちがどのような生活をし、なぜ滅びたのか、存分に空想したと思われる。
この歴史を振り返れば、いずれ我々の文明も同じ道をたどり、技術を失う時代が来るだろうと想像したのは、アイザック・アシモフだ。彼のSF小説『ファウンデーションシリーズ』は未来の我々が、自分たちの文明が消失することを予想し、文明の復興を数億年先から1000年程度先に早めるべく百科事典を作成するというストーリーになっている。
こう考えると、ありえなくもない世界なのだ。
この根底のリアリティと不安が文明喪失世界の魅力なのではなかろうか?
ありえそうな空想の話は、僕らの発想を伸ばしてくれる、朝顔の柱のようなものだ。
自分たちの世界の喪失というと怖い印象をもつ。一方で、手元の容器やモニター、扇風機を見た未来の冒険者が、どんな発想をするかと考えるのは、実にワクワクする。
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