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想像模型とファンタジーミニチュア

こんにちは同好のみんな!
今日もホビーを楽しんでいるだろうか。

僕はデスグロのクエスト制作が一息ついたので、原点に戻ってミニチュアペイントが今のホットホビーだ。

思うに僕らはいくつかのホビーを飛び回って疾走感パワーを得るグラスホッパーである。

その畑から一瞬離れてみるのは飽きたからじゃなく、次の息吹を入れるための隙間づくりだと思うぜ。

さて、今回は想像模型とファンタジーミニチュアと題した。僕はファンタジーミニチュアをながめるとき、ファンタジー作品としてみる楽しみと想像世界の模型として見る楽しみがあると考えている。

今回はそれについて話してみよう。

ファンタジーと実体模型

ファンタジーとは何かと言われれば、それは空想、創造だと言える。

空想の世界は何でもありだ。タイムトラベルだって反重力だって、空飛ぶ箒に跨ることもドラゴンが火炎を吐くことだって何のそのだ。

人様の空想の世界にやれ技術だのエネルギー保存だの、空を飛ぶには羽の付け根の筋肉断面積が少なくとも何百平方インチ必要だのというのはただの厄介者だ。

逆に言えば、自身のファンタジーワールドには独自の自然科学的、社会科学的、文化的、根源的ロジックがあっていい。

人にはそれぞれのファンタジーワールド、譲れないファンタジーロジックがあり、それは個人の中でとじているといえる。

一方で模型とは実体を通してデフォルメされた現実を映し出している。

1/35で作られたイスラエル軍第1機甲師団所属メルカバ戦車8号車を再現したいと思った趣味人たちは、

証拠写真や映像や文献、時には実物を見物し、この特定のマシンを再現していく。

もちろん現実にはそれぞれ見え方がある為、そこに作者のオリジナリティと想像が加わるわけだが、その目指すべき部分は同じ趣味の民にとってシェアできるものであり、何より作者にとってその戦車のすべては説明可能な、理解できる延長線にある、つまりは『リアル』なものである。

実体模型と比べるとファンタジーミニチュアは目指すべきゴールが人の数だけあり、多様であり、より内省的であり、ある意味で解釈のシェアが難しいものだ。

特に僕の場合はそうだが、ノールの魔法使いが持つステッキについた宝玉が持つきらめきの発生原因が、日によって、時間によって、乃至は彼が立っている戦場やゲームシステムによってころころ変わる。

物理的にどんと構えた模型に対して、イメージを模したファンタジーミニチュアは実は刹那的な解釈の塊だと考えられる。

しかし模型としてみる

しかし、前段をひっくり返すようだが僕は遊びとして、ファンタジーミニチュアをどこかの世界の何かを模した、精巧な模型として眺めることが大好きだ。

それは恋焦がれる幻想世界を間近に感じる旅に違いないからだ。

例えば、ミニチュアの持っている剣の長さを実際に測ってみる。

実物に対する大きさの比率が記載されているスケールモデルと違い、ミニチュアには多くの場合スケール表記がされていない。

そこで是非用いてほしいのがフィートやキュビット(肘から中指の先までの長さ)、パーム(手の横幅)といった身体尺だ。

身体尺とは身体の部位を用いた長さの単位である。

身体尺の代表、何かとヤードポンド法と共に嫌われがちなフィートは30.48㎝という何とも捉えずらい長さだが、もっとおおらかな基準、つまり『だいたい足の大きさ』という見かたをすれば大変に使い勝手がいい。

もし手元に剣を構えたミニチュアがあるなら、彼の剣を足の大きさ基準、乃至は肘から中指の長さ基準で計測し、君の体のサイズに合わせて想像してみてほしい。余裕があれば同じ程度の長さの定規や木の枝を手にもって見ることだ。

急にミニチュアの戦士がいかに威圧的で、どれぐらいが彼の攻撃範囲で、振り下ろした鉄の塊が受け手に何をもたらすのか掴めてこないか?

僕はこういった現実の延長線上にファンタジーミニチュアを見たとき、これを想像模型と呼び、大変興奮する。

同じようなことは昨今のファンタジー料理ブームにも言えるだろう。

ダンジョンズアンドドラゴンズの食事を再現したヒーローズ・フィーストや未知の食材を親しみやすい調理で料理に変えるダンジョン飯は、リアルと幻想を良い塩梅で混ぜ合わせ、僕らの胃を刺激してくれる。

これらはファンタジー世界の圧倒的パワーを、頭の固い僕らが納得、咀嚼できるようにかみ砕いてくれる存在で、まさしく僕らがファンタジー世界にアクセスできるようにする道なのだ。

心にファンタジーを、頭に模型を

このように、ファンタジーを、そしてファンタジーミニチュアを頭でっかちに考えることは、僕らの知的好奇心を刺激してくれるかもしれないし、逆に現実世界の原理(例えば科学や歴史的事実)を用いてファンタジー世界へ働きかけることで、より鮮やかな、かつシェアしやすいファンタジー世界を描くことができる。

一方で気を付けてほしいことは、これをしている限り名状しがたき者どもに出会うことはかなわないという点だ。

悲しいことにどうやらこの星では未だドラゴン、それどころか鼻から火炎を吐く動物ですら発見されていない。

いつもいつも現実の延長線上にファンタジーを考えていては、『現実よりパワーのある』想像という世界を探索することはできないのだ。

おすすめのアティチュードとしては、たとえば世界のほとんどを知らない人間になりきってファンタジーミニチュアを、実物大のサイズで想像してみることだ。

その怪物と出会った君はきっと頭をフル回転させ、目の前のモンスターを理解しようとし、そしてどこかで想像を放棄して逃げ出すことを選ぶだろう。

それこそ『リアリティのある』幻想世界の反応ではないだろうか。

分からないことを分からないけど感じるというファンタジーの心を持ち、分からないことは何とか解釈しようとするリアリストな脳を小脇に抱えてファンタジーミニチュアの森を歩んでみるのも、また楽しいホビーではないかと思った。

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