昔アニメじゃないっていう歌があったんだーー

ある昼に目覚めた。けれどなんだか、布団から出られなかった。

2020年の4月の某日。

これは現実の話、とても現実とは思えないけど。

今の日本の状況ほんとSFだなあ。

感染力の強いコロナというウィルスが流行して緊急事態宣言だとか、

外出自粛だとか、あと2週間我慢してくださいがもう2か月くらい続いてる。長崎は昼13時30分になると、放送が入る。

内容は毎日同じ、不要不急の外出自粛。「密閉」「密集」「密接」の三密禁止。布団の中から、時計替わりに聞いてる。

クラスター化防止のため、学校という学校は休校になった。保育園も休み。そのために子供をもつ母親は預けられる場所がなくなって休職したり時短勤務。労働人口が減る。飲食店や飲み屋も営業自粛で外食産業は大打撃、外食産業と給食向けの飲食物は売れなくなってしまった。反対に家にこもって食事をする機会が増えて、農産物は変わりなく生産できるが生産労働と加工と激増した物流現場は労働力不足になった。そのうち疫病の流入を防ぐため人間に限って入国規制が引かれてはいたが、物流に関わっていた有働者たちの間にもコロナに罹患するものが現れ、家庭へ配送する人間も他国への輸送も停止しようとしている。

アメリカのノースダコタでは、食肉加工場でクラスターが起こり700人もの工場が停止したとのこと。穀物も畜産も現物はあっても防疫のため家庭で籠城を強制されて労働できず、給与も出ず、経済が滞るようになってきた。各国政府はベーシックインカムにも似た現金のバラマキを始めたが経済が停止したうえでのバラマキは原資不足なのは明らかで日本の内閣は出し渋っている。

先進国の国民はまだ絶えてはいたが、他国の寄付と支援で細々と繋いでいた発展途上国の貧困層10億人は経済支援も途絶えて、疫病の上に飢餓に陥り始めている。

20年遅れてきた世紀末だな。外出自粛に息を詰まらせた日本国民の中には特に自粛の厳しい都市部から個人所有の車で県境を越えて人口の少なく経済も医療も貧弱な地方へ逃亡して疫病を全国に広めていった。

どう見ても現実の現状こそがなんともSF的であるがこれが絵空事ではないのが辛い。目覚めて「いつもの暮らし」を開始する気はなれなくて、もう何するのも嫌になった。むしろ、このまま眠って目覚めたくなかった。息をするのも苦しいのだ。でも、本当にコロナに罹患すると肺をやられた延長上に死ぬ人間が多数。だから死因は肺炎になる。

これは日記のようなもので小説ではない。なぜなら、これが現実だから。昨日呼んだネット記事にすべてを拒絶し、目覚めなくなった少年少女の記事があったのを思い出す。亡命をしてきたが、命からがら逃げ生きたがその国の社会になじめず、すべてを放棄してしまい目覚めない病があるらしい。自分が今その子供たちと同じような心理に陥っているのに気づいた。

・・・・・・・・・。

なにか妙な感覚に気づいた。

あれ、この状況って。

あれ?

私が脳出血しておかしくなって、そのこと自体が私の中に越えなきゃならない課題になって、その越え方ってなにか言葉にして思考と共有の生き物である同類の人間たちに伝えたいって望んでたけど、でも、そんなことをしてもちゃんと伝えることができても、悲しくて辛いことだから、このまま黙って死ぬまで胸にしまったおくべきなのか悩んでた。それで黙っていて精神的にさらに参って、私自身が無能化していった。

そういう腐ったものがきちんと封じられて世界に蔓延らないように消滅すべきだと思ってたけど、ナニコレ。

私の病や精神より早く、ずっと続いていくと思ってた不動の社会や世界が病にかかって死が蔓延していってない?

世界が私に追いついた。たった2年と3か月で。そして、私はまだ死んでない。

メメントモリ。「なんちゃって臨死体験」してから忘れたことないよ。死のこと。むしろ、毎日毎日死のことを考えてきたよ。私がたとえ死んでも世界や社会がこうあってほしい、ああであってほしいって願ってきたよ。

生は死で完成するってことだと思い至ってさえいたよ。

でも、こんなことが起きるなんて。

私は目覚めるしかないんだな。

そして、ベッドから出たよ。

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