見出し画像

⑫ 「ひかりが私にくれたもの」 - 胞状奇胎という流産の先に見つけた幸せ-

第11章: 何があっても大丈夫。見えるようになった絆。-夫、子どもたちとの関係性 -

「ママのお腹の中の赤ちゃん、死んじゃった!」
長男がそう口にしたのは、幼稚園からの帰り道だった。

何気ないひと言。
でも、私の胸に突き刺さる言葉だった。
自分自身がまだ「赤ちゃんがいなくなった現実」を受け入れきれていない――
そのことを痛感させられた瞬間だった。

ただ、無邪気に感じたことをそのまま言葉にしただけの長男。
それは分かっている。
それでも、、、辛いと、私は思った。
悲しかった。

しかし、ふと、長男はどんな気持ちなんだろうと思った。
「赤ちゃんがお腹の中で死んでしまったことを、子どもたち、特に長男は、どう感じているんだろう……?」

長男にとって、「赤ちゃんがいなくなった」という事実は、ただの出来事のひとつに過ぎないのかもしれない。
私にとっては――人生を大きく揺るがすものだったけれど。

“私にとって、赤ちゃんはどんな存在だったんだろう?”

“どうして、こんなに悲しいんだろう?”

答えを探すように、私は家に帰るとアルバムを開いた。

アルバムの中には、小さな赤ちゃんを腕に抱き、微笑む自分の姿があった。

その写真を見ながら、私は思った。

私にとって赤ちゃんは、希望の光だった。

そうか。
もしかしたら、長男は単純に私の、ママのこの気持ちを知らなかった。
わからなかっただけじゃない?
ママが感じていた悲しさが…

長男に、彼が生まれてきたことがどれだけ特別だったか、伝えよう。
そう思った。

その夜。
「これはね、あなたがママのお腹の中にいたときの写真だよ。」
長男はじっと写真を見つめている。

私は、静かに記憶をたどりながら語り始めた。

「妊娠が分かったのは、新婚旅行で訪れた北海道。
その時、ママは、大好きな海鮮丼を食べた。
でも、なんだか急に美味しく感じなくなって、「あれ?」と思った。

それが、あなたの存在に気づいた瞬間だった。

そこからは、悪阻との戦い。

フードコートで漂う焼肉の匂いに耐えられなくなって逃げるようにその場を離れたり、

仕事中も何度も裏に行って、
込み上げる吐き気を必死にこらえたり……。

それでも、検診でエコーに映る小さな命を見るたびに、
「元気に育ってくれている」と感じて、嬉しくて仕方なかった。

“ママのお腹にきてくれたことが、本当に嬉しかったんだよ。”

つわりが少しずつ落ち着いてくると、
今度はお腹の中でポコポコと感じる胎動が、
私を安心させてくれた。

「ここにいるよ」って、あなたが教えてくれているようだった。

お腹が大きくなるにつれ、
ママはどんどんあなたのことが愛おしくなっていった。

成長していくあなたの姿は、ママにとって”光”だった。

どんなに体調が悪くても、
どんなにしんどい日があっても、
成長していくあなたの存在が、希望だった。

そして、出産の日。
「この日に生まれてきてね」
そうお願いした日、本当に陣痛が始まった。

痛みが波のように押し寄せ、
何度も「もう無理だ」と思った。

でも、分娩室に入ってからは、たったの15分。
あなたはすぐに出てきてくれた。

「ほぎゃー、ほぎゃー!」
「お」なのか、「ほ」なのか、よくわからなかった。
でも、確かにあなたは、口で呼吸を始め、力いっぱい泣いていた。

産声を聞いた瞬間、
疲れが一気に吹き飛んだ。

“やっと会えた。”
あなたの顔を見たとき、
ママはただただ嬉しくて、幸せで、
涙が流れたよ。」

アルバムを閉じると、長男はじっと考え込んでいた。

そして、ふと私を見上げて、ぽつりと言った。
「僕が生まれて、ママは、すごく嬉しかったんだね。」
その一言に、胸がじんわりと温かくなった。

私の想いが、確かに届いた気がした。

それから長男は、赤ちゃんだった頃の写真を見たいとせがむようになり、
「ママ、ぼくがお腹の中にいるときって、どんな感じだった?」
と、少しずつ質問するようになった。

彼の中に「赤ちゃん」という存在が、ゆっくりと根付いていくのを感じた。


数日後。
家族で、友人の赤ちゃんに会いに行ったときのこと。
生後5か月の女の子を目の前にした長男と次男は、興味津々。

優しい笑顔を浮かべながら、
飽きずにおもちゃを振ったりして、あやしていた。

「赤ちゃん、かわいいね。」

「ずっと一緒にいたいな。」

彼らのその言葉と笑顔を見た瞬間、
私は心がふわっと温かくなるのを感じた。

子どもたちにとっても、
赤ちゃんは「愛おしい存在」なのだと分かった。

「やっぱり、もう一人ほしい。」
その想いが静かに確信へと変わった。

その夜。
私は夫と向き合って話をした。

…ずっと考えていたことだけど、
自分の気持ちがよりはっきりした今、
夫にも伝えたいと思ったから。

「ねえ……」
声をかけると、夫はテレビのリモコンを手に取り、静かに画面を消した。

私の方を向く夫の表情は穏やかで、
けれど少しだけ緊張しているようにも見えた。

「私ね、やっぱり、もう一度赤ちゃんを迎えたいの。」
一拍の沈黙。
夫は少し驚いたように私を見つめた。

「前回、妊娠がわかったとき、
実はすごく不安だった。
始めたばかりの仕事は自信がなかった。けど、やっと見つかった仕事だったのに、辞めないといけなくて、やめないといけないのに働き続けるのが、辛かった。

育児もいっぱいいっぱいの状態で。
長男と次男に加えて、赤ちゃん……
自分が、ちゃんと育てられるのか、、、

正直、、、自信がなかった。」

夫は黙ったまま、私の言葉を待っている。

「でも、この1年を通して、やっと分かった。
私は一人じゃない。
あなたがいて、子どもたちがいて、一緒に育てていくんだって。
私が全部を抱え込む必要なんて、なかったんだって。」
夫は小さく頷きながら、真剣な表情で私の話を聞いていた。

「長男も次男も、大きなトラブルなく妊娠・出産できた。
でも、それって、決して当たり前のことじゃなかったんだよね。
流産して初めて、妊娠・出産がどれだけ奇跡的なことか、身に染みてわかったよ。」
夫の表情が、少し柔らかくなった気がした。

「この1年、いろんな人と話をした。
そしたら、流産の経験がある人って、意外と多かった。
でも、みんな簡単には口にしない。私が話してみて初めて、
『実は私も……』って打ち明けてくれたりして。みんな、私と同じように、辛そうだった。」
夫は静かに耳を傾けている。

「もう一度妊活に挑戦するには、年齢的なリスクも上がってる。でもね……」

私はふと笑った。
「こないだ、友達の赤ちゃんに会ったとき、長男と次男も、本当に嬉しそうだったよね。

あの二人を見ていたら、
やっぱり三人兄弟がいいなって思ったんだ。

私は産みたい。
三人の子どもをあなたと育てたい。」

夫が深く息を吸い、ゆっくりと口を開いた。
「……僕は、子どもが大好きだから、何人でも欲しいくらい。
でも、妊娠も出産も、育児も、やっぱり、一番負担がかかるのは女性だから。
自分からは言えなかった。」
少し照れくさそうに笑う夫。

「流産したとき、君がどれだけショックを受けていたか、見てたから……。」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。

夫も私と同じように、流産の悲しみを抱えていたんだ。
「もう一度チャレンジしたいって思ってくれるなら、僕は全力で支えるよ。」
そう言って、夫は私の手をぎゅっと握った。
その強さに、彼の決意を感じた。

私たちの気持ちは決まった。
「確証なんてない。
妊娠・出産は奇跡の連続だって分かっている。でも、それでも、もう一度赤ちゃんを望んでみよう。」
そう決めた私たちは、少しだけ笑いながら、言った。

「三人目は、やっぱり、女の子がいいね。」

未来のことは誰にも分からない。
だけど、夫とこうして同じ方向を向いて歩き出せることが、何よりも嬉しかった。



どんな結果になるかは分からないけれど――
私たちはもう一度、新しい命を迎える旅に出ることを決めた。

それは、家族全員で迎える新しい未来の始まりだった。

いいなと思ったら応援しよう!