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泳ぐ
私は泳ぐことが好きだ。
小学生の頃、私はアメリカ・テキサス州で通っていた小学校からもらってくる宿題と、日本人学校の宿題、進研ゼミの課題に日々追われていた。家ではやらなきゃいけないことをやってからではないと遊びに行けない約束で、夏休み中、近所のプールで泳ぐことは、やらなきゃいけないことを全て終わらせた「ご褒美」だった。プールの中では、その日テレビCMで聴いた音楽や教科書の文字が渦巻いていた。
社会人一年目の頃、秋にハワイへ行った。その時の私は、カビが生える箱のような部屋に住んでいて、カビ臭い家から職場へ行き、またカビ臭い部屋へ帰るという日々を過ごしていた。息の詰まるような日々だった。そんな中で訪れたハワイ、私は水色の海に潜って泳いだ。小さい頃、近所のプールで泳いでいた記憶が蘇って、私はあの頃と全く同じように泳いだ。しょっぱい海水の中には、飛行機やホテルやタクシーの中で聴いたいくつかの楽曲と、オアフ島に降り注ぐ午後の日光が溶けていた。私の体が一番自然で居られるのは、オフィスではなく水の中だと思った。体が大きくなった感じがした。
季節に限らず、私は時折水の中へ飛び込みたくなる。勢いをつけて飛び込んで、泡を吐きながら深く深くへ潜って、両手を広げて水面越しに太陽の光を浴びたい。水の中にはいつだって音や記憶の欠片が漂っていて、それらは優しく歓迎するように私の周りをくるくると舞う。学校や仕事や評価や責任、お金、病気。これまで私を束縛してきたどんな力も及ばないところに水はある。都会の喧騒が耳にこびりついて離れなくなったら、「逃げたい」より、「消えたい」より、まずは「泳ぎたい」と思うことが、少なからず私をここまで支えてきたのだと思う。
Lately, you are the first one to find me
Drowning and drowning, I can’t swim
Your waves are too big and I am falling asleep
本稿執筆中に聴いていた楽曲。筆者の今年の再生回数1位。