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鈴木愛美さんのピアノ

ピアニスト鈴木愛美(まなみ)さんのすごさを書きたくて、動かない頭を叩いてがんばってみました。クラシック音楽になじみのない人にも読んでもらえたら嬉しいです。とても個人的な思い入れなのかも、と思いつつ、なるべくみんなにわかってもらえるように書きました。よろしくお願いします。


鈴木愛美さん・・・2002年生まれのピアニスト。2023年に、ピティナ・ピアノコンペティションでグランプリ&聴衆賞、同年の日本音楽コンクールでも第一位および聴衆賞(岩谷賞)を受賞。そのほかいろいろな賞をもらって、一躍脚光を浴びる。

これにびっくり

最初にこの動画を見てもらえたらと思いました。一位をとったコンクール(ピティナ)での演奏です。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番は、最初にピアノから始まったり、いろいろベートーヴェンが最先端のことに挑戦した野心作。そのカデンツァ(演奏者の自由に弾ける見せ場)が、愛美さんの迫真の表現になっています。(以下愛美さんの映像はPTNA『ピアノ曲事典』より転載させていただきました)

これだけをいきなり見ても、どこがすごいかよくわからない方もいるかも…ですが、迫力だけは感じられたのではと思います。

同じ演奏は、ほかの、巨匠と呼ばれるピアニストでもあるのですが、それらの大家然とした余裕のある演奏と比べても、このヒリヒリするような切迫感にはハッとさせられます。

愛美さんの音と愛

それに僕は、愛美さんのピアノの音が、とても独特で力があることにもびっくりしました。

力のあるピアニストは、それぞれ個性的な音をもっています。不思議ですが、その音色で、その人がどういう人かも、ちょっとわかったりします

愛美さんの音は、「魂の切実さ」という感じが僕にはしました。表面をきれいに磨き上げた音とか、魔法にかけようとする音、みんなに気に入られようと気を遣った人の音ではなくて、脇目もふらずに自分の内奥の世界に沈潜していき、その奥にひかるものが溢れてきた音、という感じがします。

さらに、そうして深いところに潜っていく音なのですが、その音がどこまでも肉体をともなっている、へんな言い方ですが肉感にあふれているのも、他にはない特徴だと思います。

というのは、深い(精神性の)表現をするピアニストは多くいますが、それが深ければ深いほど、どこか虚無的な、底なしの穴を覗き込んでいるような気持ちにさせられることが多いんです。宇宙的なスケールになる代わりに、この世的な価値観が脱落してしまうという。。

ポップスなども楽しいですが、クラシック音楽のひとつの流れとして、独りの世界(内界、宇宙)を見つめていく性格の曲があります。たぶん、もともと「神と私」のための教会音楽だったこともあって、神の存在が薄まっても、私のなかをぐぐーっと深めていく性格の音楽が残っているようです。
好きな相手を思って「きみとぼく」を歌うのがポップスの流れとすると、ずいぶん孤独な感じがしますが。。

たとえばその極端な例がこれでしょうか。。僕自身はとても好きな演奏ですが、ほんとうに宇宙的で、それゆえに虚しくなる演奏です。

ところが、愛美さんの音楽は、深い世界に向かっていきながらも、その音に肉体の確かな感触がともなっていて、それが虚無的になることから救ってくれています。

すこし分かりづらい話になってしまいましたが。。

こう書くと今の時代どうかとも思うのですが、「深い表現世界に達して(現世的には)虚しくなる」のは、どうも男性ピアニストに多かった(ほとんど?)ように思います。

これは男性性のひとつの特徴なのかもしれません(女性で男性性の優位な人ももちろんいます)。

けれど、女性性の水脈をたどると、その下には、やっぱり母性的なものなのか、あたたかな「慈愛」や「愛」が湧き出るところに行き着くような気がします。

ともかく、そんな中にあって、愛美さんのピアノには、「深いところを志向する」面と、「(抽象的でなく)肉体性をもった愛」というふたつの面が共存しているのがすごくて、唯一無二なのではと思うのです。

ちゃんとこの世界に身体があり、それだけ確かなものとしての愛が伝わってくる音楽。

ちなみに、名ピアニスト・ピリス(ピレシュ)も生徒に教える際には、繰り返し「愛」という言葉をつかっていたそうです。こういうところは、男性の(男性性のつよい)ピアニストではなかなかないことだと思います。

愛美さんのベートーヴェンのすごさ

そして、愛美さんのピアノから伝わる「深さ」と「愛」とが、とくにベートーヴェンの音楽にはぴったりしていることをここでは力説!したいんです。

なぜなら、ベートーヴェンこそ、苦しんだ末に、同じように苦しんでいる人に手を差し伸べて励ますことのできる、そういうヒューマンな励ましに満ちた曲をつくることのできた、唯一無二の作曲家だからと思うのです。

その核心が、「愛」だということを、愛美さんの芸術的直感はとらえて、それをちゃんと表現できている。そこがすごいと思うのです。

僕の母も、愛美さんの録音を聴いているのですが、そのときに何度も、「愛美ちゃんのピアノをきいてると、(目ではなく)胸の奥に涙がにじんでくる」といっていました。

それはとてもよくわかる感覚です。きいていると、胸の奥の方に「涙のたまり」のようなところがあって、そこをぐりぐりと押されているような感じになります。そんなところに涙があったなんてと、驚きながら。

それは目に涙が浮かぶような感傷的なものではなくて、もっと深いレベルの、やっぱり「愛」としか言えないものだと感じるんです。

そして、感傷レベルの心を刺激する演奏(音楽)は数多あれど、深い愛、それも(胸の涙といった)体の反応を起こさせるほどの愛を音で伝えることのできるピアニスト、というと、他には絶無ではないかと思うのです。

これは大袈裟なようですが、これまでの歴史を振り返ってみても、こういうベートーヴェンを表現できたピアニストはちょっと思い浮かびません。

人間モーツァルト、生身のベートーヴェン

少し前に、ピアニストの藤田真央さんがモーツァルトのピアノソナタ全集を録音されましたが、真央さんのピアノをきいていると、(これも歴史上)はじめて「等身大の人間モーツァルト」を目の当たりにする体験になっていることに驚きました。ほんとに、目の前に溌剌とした(そしていたずら好きの)モーツァルト少年がいるかのような感覚にとらわれます。それは、これまでの名ピアニストたちの(大きな大人が身を縮めたような)演奏では得られなかった体験でした。

藤田真央さんは、世界三大コンクールのひとつ、チャイコフスキーコンクールで2位を受賞された、天才肌のピアニストです。少し前には「情熱大陸」でも密着されて人気急上昇。なにより喜びをもって演奏しているその姿に、見ているこちらまでうれしくなる稀有な方です。

→ちなみにこちらで真央さんのモーツァルトがきけます

同じように、愛美さんの演奏では、目の前に「生身のベートーヴェン」が生きていて、その体温を直に感じられる思いがしてきます。そのあたたかさが、そのまま、彼の胸の奥の温もりだったと気づかされる演奏です。

そんな体験となる演奏って、今まであったでしょうか。。

愛美さんは、どこかで、日本音楽コンクールの本選のときのことでしょうか、その演奏を聞き返すと、ダメなところばかりで・・・というように話されていました。

でも僕は、愛美さんの、ことにベートーヴェンは、仮に未完成なところが多かったとしても、その未完成、不完全さがあることで、またすばらしいものになっていたと思っています。

なぜなら、愛美さんが浮かび上がらせる生身の人間ベートーヴェンの姿というのは、不完全さがあってはじめてほんとうのものになるからです。

僕たちの肉体がそもそも不完全なもので、そのままならない体をもって生きていた人間をそのまま感じさせるときに、磨き切った完全無傷な音づくりでは不可能だと思います。(だから愛美さんには(不完全なことにも)自信をもって!!といいたいです!)

くどくなってごめんなさいですが、愛美さんのピアノからは、生身のベートーヴェンが、人間であるがゆえの欠落や障害、傷をかかえながら動きまわり、歩き、息をし、そして苦悩し…底をついたそのあとには、なんとそこから力強く反転し、ぐんぐん高みへの昇り、ふりかえって同じように打ち沈んでいる人たちを励まし、さあ大丈夫、歩いて行こう!と手を差し伸べていく。。そんなことまでしてのけた、彼のおどろきの軌跡をライブのように、生の姿で描いてみせる、それこそ僕は奇跡的なことがここで起こっている!と思うのです。

これは一時の興奮ゆえの思いつきではなく、もう一年近く繰り返しきいてきて、だんだん強くなってきた思いなので、僕だけの思い込みではないと思うのですが。。

ぜひ聴いたことのなかった人にも、一度(何度か。。)きいてみて、愛美さんのベートーヴェンがどんなにすごいか、そして涙が胸に湧いてきたり、励まされたり、「よし、がんばんなきゃね」と前を向けたり……そういういろんな体験をしてみてほしいです!これほど、あの世からベートーヴェンが喜んでいる演奏もないと思うので。。

クラシックの曲は、一度ではあまり良さがわかりません(一度で惹かれる曲は、それだけ飽きられやすいかも。。)ぜひ、何度も繰り返して聴いてほしいです。長いので、たとえば最初の楽章だけ繰り返し、とか。。そして、コツは、メロディーを覚えてきたら、何人かの他の演奏者で、同じ曲がどう弾き分けられているかに注目してきいてみると、その演奏者の個性がよくわかってくると思います。(曲は、演奏者が好きになると、よく味わえるようになります。「推し」のピアニストを作って、そこからいろいろ興味をひろげるのがおすすめです)

愛美さんのすごさはもっと書きたい思いがありますが、ほんとにくどくなるので、このへんでとめておきます。。

最後に3点だけ!

1、コンクールでの衣装がとても地味なのがいい(「わたしを見て」じゃないところ)
2、尊敬するピアニストがルプーなのがすごい(ラドゥ・ルプーはひっそりと夜の森に輝く聖者のようなピアニストでした)
3、このベートーヴェンの協奏曲の最後の楽章で、それまでとは打って変わって歓びを爆発させるピアノの音の輝き!・・・そして最後の最後で爆発させすぎて「てんやわんや」になってしまうベートーヴェンの可笑しさ(お茶目さ)も大好きなところです。
(↓ここからの場面です)

さいごに、このピティナで愛美さんをサポートされてた指揮者の梅田俊明さんと日本フィルハーモニー交響楽団のみなさんも素晴らしくって感動しました。ありがとうございます!

以上、長々しく失礼しました!少しでも鈴木愛美さんのピアノにふれて感動してくれる人が増えればいいなーと思って書きました。興味をもってもらえたらうれしいです。ありがとうございました! 

ありがとうございます。コツコツがんばりたいです。