子育ては親の自己満足であるということ
先日、この記事を読んだ
私は母親2年目のまだまだひよっこの母親であるが、とかく40歳で母になった頭でっかち系のハハであるので日々どこかで「子育てとは」の解を脳が勝手に検索している
何しろ、月星座がかに座という自分の内面にウェットに向き合う性分なので(わかる人には分かる話だが)、毎日の息子に対する関わり方を「あれでよかったのか。。。。。」と振り返り、正解のない子育てにウジウジ悩みつつ取り組んでいる毎日だ。
昨日も保育園に迎えに行くと、最近の息子の夕方の日課に加わった「絵本を選ぶ」といタスクをしたいと言い出した。とはいえ、息子は2歳。本棚にびっちりつまっている絵本から自分の読みたい本を探し出すのは難しい、というか「自分で選んでみようよ」と声を再三かけるけれど本人やる気はない。となると選ぶのは母である私だ。
息子は電車が大好き、とにかく電車の本を希望。
↓
探す
↓
探す
↓
見つける
↓
イヤ
↓
また別の本を提案
↓
イヤ
ということが何度か繰り返される
保育園ママならお分かりだろうが、迎えからの夕方のルーティンはある意味戦争だ。1分1秒も無駄にできない。出来ればオンタイムに寝かしつけをして夜の時間を自分が使いたい。
そう、それなのに
この絵本探しタイム。。。。。。
絵本はたくさん読んでほしい、それを邪魔するつもりは全くない
が、毎日これでは正直しんどい
昨日は初めて(そう初めてなのよ!!)、この絵本を選ぶ作業を私は断った。
息子は号泣し、帰宅を頑として拒んだ
それでも私は怯まなかった
今日は、帰る!!!!靴を履かない息子を無理やり抱っこして何とかチャイルドシートに座らせた。
車の中でもしばらくの間、大号泣。
でもこれも帰宅時のおきまりの電車が見えるコースにつくと、ケロリと泣き止んだ。
「ママ!!!!んっんっ(電車)」
息子が寝た後、寝顔を見ながらやっぱり頭をよぎるのは、今日のアレはあれでよかったのか。。。。
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私は年末年始などまとまった休日が終わったあと、口中に4つ5つと口内炎ができるような母親だ。
その話を同じように母である親友にしたら、
「それは自分を抑えて、がまんしてるから」と言われた
そうなのかな??
今朝はあさイチから打ち合わせが入っていて、早く家を出なければならない日だったけれど、なんとなく思いついて息子が好きな「卵焼き入り海苔巻き」をつくった。息子はとびっきりの笑顔でご飯をいつもの3倍食べた。
息子のため
と思っていたけれど、もしかしたらというか、たぶんこれは「自己満足」だ。
そして、海苔巻きをつくってとびっきりの笑顔を見れたので朝は私もとびっきりハッピーだった。
>「つらいことはしないでいい。母親がごきげんに暮らすことが何よりもの教育になるんだから。やりたいことをやってほしい ・・後略」
そういうことだ。
昨日の保育園でもモヤッとした出来事も、私が夕方をハッピーでいるために選んだ。もちろん息子の気持ちは犠牲にしたかもしれない。でもいつも自分の要望が通るわけではないこと、そろそろ学ぶ時期でもあるよね。と自分を正当化する。
子育ては自己満足だ、を肝に銘じつつ
とりあえず、長い休みのあとに口内炎ができる子育てからは脱却したい、と切に思う、もうすぐ母になって3歳の冬である。