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子宮のおはなし

子宮推命に魅了されているわたしの
子宮のおはなし。

1年半前に、全摘術を受けたので
わたしには、今、子宮はない。

15年以上前からあった子宮筋腫が、6年くらい前から急激に大きくなり
ついに直径10cmを超えるまでになった。
(妊娠6ヶ月相当の大きさとのこと😓)
それと同時に生理時の出血の多さに悩まされるようになり
貧血症状や
生理に関係ない時期でも、捻れるような腹痛がしばしば現れるようになった。
MRIを撮ったところ、
特大の筋腫の他にもいくつも筋腫が見られ、周りの臓器も圧迫している。
大きい筋腫だけを取っても、他のがまた大きくなる可能性があること
挙児希望もないことから
子宮全摘出を勧められた。
しかも、大きさが大きさなだけに
腹腔鏡では不可能で、全身麻酔下の開腹術になるという。

さすがにビビったし
手術、入院となればいろいろ大変だし
決して進んでやりたいわけでもないのでしばらく放っておいたのだが、
旅行先で腹痛を起こし、予定を切り上げて帰るはめになったことと
子どもたちが進学で家を離れ、夫と二人暮らしになったこともきっかけとなり(手をかける人が減った)
手術に踏み切った。

まだ手術を決めかねていた頃
クォンタムタッチというヒーリングの講座に参加した。
2日間の講座で、参加者同士、あるいは講師の先生とヒーリングワークを何回か行うのだが
2日目の最後のワークで
「どこにヒーリングしてほしいですか?」と問われ
子宮にお願いします、子宮筋腫があるんです、と答えた。
ペアを組んだ方と、講師の先生も少し手を貸してくださってヒーリングを受けているとき
なぜか、わたしは、
涙がぽろぽろと出てきて止まらなくなった。
その時ペアだった方は
アクセスバーズなどもされる、カラダの声を聞き取れる方だったのだけど
「声が聞こえました。
無理してるから、僕たちが暴れるしかなかったんだ、って。
頑張りすぎていたんだね」
と言ってくれた。

今にして思えば
子宮委員長はるさんの言うところの
「カルマ粒」がたくさんついていたんだろう。
カルマ粒=気づかずに抑圧された感情、ということだけど
確かに、
子どもたちが生まれてから
いや、その前からずっと、
何かに追われるように、突っ走っていた。
自分の好きなことも、やっていたつもりだったけど、
自分を後回しにするのは当たり前、
自分のカラダのケアはおろか、
快、不快を感じることさえもおろそかになっていた。
そして、自分では、我慢したり、抑えたりしているっていう意識は、ほとんどなかった。

そんなふうにわたしが溜め込んだものを
子宮は一手に引き受けてくれて
悲鳴を上げながらも、必死に飲み込んでくれていたのだ。
そして、その悲鳴にすら、わたしは気づかなかった。
気づかないふりをしていた。

子どもたちを、この世に送り出すまで育んでくれた。
わたしの溜め込んだものを必死に抱えて、わたしを守ってくれた。

ありがとうの言葉しかなかった。

手術が無事済み、麻酔から覚めた時
夫が、摘出された子宮を見せてもらったと話してくれた。
「思っていたよりも、きれいで、真っ白で
俺は思わずありがとうと手を合わせたよ」
それを聞いたわたしも、
ありがとう、と心から手を合わせた。

今、わたしのカラダに子宮はないけれど
(妊娠6ヶ月並みと言われたお腹が、それほどペタンコにならなかったせいもあるが😅)
喪失感はまったくなく
むしろ、持っていてもないがしろにしていた頃よりも
子宮を感じることが多くなっている。
子宮の声=わたしの声にいつでも耳を澄ませて
生きていこうと決めている。

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