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金木犀 2
2、 年度末〜4月
あいかわらず、芹沢茉莉子は画面の中にいる。
画面の中では、やりとりの情報量が多すぎて、顔よりも共有画面を見ることが増えてしまった。
年度末での確認事項がありすぎるのだ。
いっそ、出社してくれればいいのに、と思うのだが、そう言う契約ではないらしい。
それでも。
それでも、あの日のスタバから茉莉子に対する距離が縮まったような気がしていた。
何を話したわけでもない、本当に仕事のことがほとんどだった。
気づいたことがひとつだけあった。
茉莉子はしょっちゅう、驚いたり偶然を喜んだり、ああ!と感嘆したり、いろんな感情が溢れている女性だったことだ。
そのたびに表情がくるくると変わった。黒目の動きだけ追ってみても、見開いたり細めたりと忙しい。彼女の生活には「驚きや喜び」がきっと溢れかえっているのだろう、と、たつきはとても好ましく思った。
残念ながらZOOM越しには、その表情の変化はほとんど見られないのだが、やりとりには安心感が加わった。
楽しいと、たつきは思う。
とても楽しく気持ちが華やぐのと同時に、渇いたような欲望が自分の中に湧き出るのを感じることもある。
たとえ仕事の話でも、茉莉子との話は楽しい。
「年度末が終わったら、しばらくおやすみします」と茉莉子は言った。
「え? そうなんですか?」
「家の仕事も片付いて、年度末も目処がたったので、旅行のチケットを買ったんです。ふふっ。春休みです」
「え〜〜! ジャスミン、どこに行くの?」
後ろの席の女性がたまたま聞いていたらしく口を挟んだ。
「スリランカです」
「そっか〜。ひさしぶりの一人旅だね!楽しんできてね!」
そう言われて茉莉子は手を振った。
社員だったときから、定期的にひとり旅に出ていたけれど、流行病や家のかたづけでしばらくは行ってなかったらしい、と後ろの席の女性から聞いた。
「インドとかベトナムとか。けっこう昔から行ってたわよね」
少し意外な気もしたが、茉莉子の好奇心に溢れたような目の動きから、「それもありかな」という気もした。
年度末に必要な書類は余裕で完璧だった。
手直しの部分もなく4月になり、茉莉子は休みに入った。
2週間程度の休暇と聞いた。
だが。茉莉子は戻ってこなかった。
つづく・たぶん