ハイキングの話
それは三重県にあります
友人が『赤目四十八滝殺人事件』という映画を知っているか?と聞いてきた。原作は車谷長吉氏の作品だ。私はその映画にも原作にも何の興味もなかった。そんな作品の元ネタ兼ロケ地である赤目四十八滝は意外に近いらしく、秋だし見に行こうという話になった。 映画について唯一気になった点といえば、ロックンローラー内田裕也氏が出演していることだけだった。
すごく陰鬱なものですから
とはいったものの、超インドア人間の私たちはハイキングとはいえ、何をどうすればよいのか皆目見当がつかない。 とりあえず、各々の職場でそれを趣味とする人間に必要な物を聞いてみた。 アウトドアを趣味とする人は意外といるもので、そのほとんどが親切な人である。みな丁寧に注意すべき点を教授してくれた。それらを要約すると「ハイキングコースなら、長袖長ズボンに撥水性の上着と厚手の靴下、グリップのきく靴ぐらいで十分」という回答だった。そして彼らは例外なく「なに?山登るん?じゃあ、今度みんなでいくとき声かけるわ!」という親切ぶりであった。
交通手段は正しく調べよう
当日、大阪は晴れていたものの名張は小雨だった。この日のためにユニクロで買った上着が役に立つ。最寄り駅からバスで登山口にいく予定だったのだが、平日はほとんど走っていないことが現地で判明した。徒歩一時間かけてようやくスタート地点に到着した。食堂で休んでからいざ滝へ。売店のおばちゃんに「帰りのバスは××時やからね」と教えてもらう。
もっと有名になるべき施設
滝はなぜか「オオサンショウウオセンター」をくぐらなければならない仕組みになっていた。とても小さな施設なのだが、ここがなかなかおもしろい。生体はもちろん、骨格や透明標本にホルマリン浸けもあった。特にホルマリンは内臓がご開帳でグロい。何かの拍子にこのホルマリン瓶が倒れて中身が出たら、片づける人は相当イヤだろうなぁ…と思った。
ハイキングの主役はきのこ
滝は当然のことながら、目的のひとつとして「きのこ観察」が私たちにはあった。初心者のくせに沢をキョロキョロしながら歩く。雨が降ったせいで、地面はぬかるんでいた。岩はツルッツルだ。 すれちがう人がだいたい「こんにちは」と言ってくるので我々もいちいち「こんにちは」と返した。非常に煩わしく感じたが、それがきまりならば仕方がない。狭い道において、上りと下りとどちらが譲るのか?おそらくこのことについても決まりがあるのだろう。注意していると、なんとなく上り優先の法則があるように思えた。
老婆のへこきまんじゅう
最深部である岩窟の滝に着くころにはすっかり腰が痛くなっていた。バスに乗るためには二時間半かけた道を30分で帰らなければならなかった。それはすなわち不可能を意味する。 すれちがう人はもはや誰もおらず、前にも後ろにも人はいなかった。薄暗くなった山間を抜け、無事に入り口に到着。 名物の「へこきまんじゅう」なる鯛焼きのような物を食べた。
老婆がチーズりんごという珍奇な味が人気だと教えてくれたので、我々はつぶあんとしろあんを注文した。へこきまんじゅうは、外の生地の部分にさつまいもを使用しているらしい。それゆえのネーミングだそうだ。 この老婆はへこきまんじゅうで生計を立てているのだろうか。もし、そうだとしたら老婆が生きている理由はへこきまんじゅう以外に無い。つまり、老婆はへこきまんじゅうそのものではないか!と思った。もしかしたら、へこきまんじゅうで息子を大学にやったかも知れないなぁ…と思い耽った。雨はすっかり上がっていたが、老婆が勧めてくれたい草の座布団はしっとりとぬれていた。