『円安と補助金で自壊する日本』:全文公開 第3章の2
『円安と補助金で自壊する日本』 (ビジネス社)が9月26日に刊行されました。
これは、第3章の2の全文公開です。
2 金利抑制をめぐる日銀と海外ファンドの死闘(国債先物)
海外のファンドが日銀に挑戦
現在、日本の金利水準は、主要国(特にアメリカ)の水準に比べて低い。このため、円資産を売って、ドルなどの資産に乗り換える動きが続き、金利に上昇圧力がかかっている。1で述べたように、これが急速な円安をもたらしている、基本的な原因だ。
ところで、投機はこれだけではない。日銀がいまの金融政策を継続できないと読んだ海外のファンドが、政策転換を促し、日銀が応戦している側面もある。
イギリスのヘッジファンド、ブルーベイ・アセット・マネジメントは、長期金利を抑制しようとする日銀の政策はいずれ放棄せざるを得なくなるので、それを促すために日本国債を売っていると明言した。同ファンドのマーク・ダウディング最高投資責任者(CIO)は、世界の金利が上昇しているなかで、日銀だけが長期金利の上限を0・25%にとどめようとしているが、それを維持するのは難しいとし、「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)政策を修正するだろう」と述べた。
ファンドは、なぜ日本国債を売るのか?
こうしたファンドが国債を売れば、国債の価格に下落圧力がかかる。つまり、金利上昇圧力が強まる。
ところで、このファンドは、なぜ日銀の金利政策を解除させようとしているのだろうか? 日銀の政策を正常化させて日本国民の役に立ちたいというようなことではないだろう。何らかの利益が得られるから、このようなことをしているに違いない。
「将来金利が上がる(国債価格が下落する)だろうから、価格が高いいまのうちに売ってしまおう」ということだろうか? そうした消極的理由もあるかもしれない。
しかし、実は、ヘッジファンドはもっと積極的に、現在の状況を利用して、巨額の利益を得ようとしているのである。
日本国債の「ショート・ポジション」を取った
このことは、ダウディング氏にインタビューしたブルームバーグの記事(2022年6月14日)を見るとわかる。
同氏は、「かなりの額の日本国債をショートしている」と言っているのだ。単に、保有している日本国債を売却するのではなく、「ショート」しているのである。ここが重要なポイントだ。
国債の先物取引において、将来、国債の価格は低下する(金利が上昇する)と予測した上で、「将来時点で国債を売る」という先物契約を結ぶのだ。
思惑通りになれば、将来時点で、現物価格より高い価格で国債を売れるだろう。だから、安く国債を買って先物取引の実行で高く売れば、利益を得ることができる。
なお、先物取引を利用するのでなく、空から売りでも同じ結果が得られる。空売りとは、国債を借りて売ることだ。そして、一定の期間後に、借りていた国債を返却するのである。
この取引をすると、金利上昇によって利益を得ることができる。その理由は、次のとおりだ。
現在は金利が低い。つまり国債の価格が高い。その価格で国債を売り、それによって国債の価格に下落圧力を加える。それが成功すれば、国債の価格が下がる。そこで、安くなった価格で国債を買って返せば、利益が出る。
将来の金利が低下すれば、ヘッジファンドは負け
もちろん、右に述べた取引には、リスクがある。仮に何らかの理由で、将来、金利が低下してしまったとする。つまり国債価格が上がったとする。
空売りの場合には、借りた国債を返すために、価格が高くなった国債を買わなければならないので、損失が発生する。国債の先物取引の場合にも、その実行によって、市場価格より安い価格で売らなければならないから、損失が発生する。
日銀とヘッジファンドのどちらが勝つかは、資金力の違いに大きく影響されるから、ファンドが中央銀行に勝てるはずはないように思える。
しかし、同じような取引を仕掛けているのは、ブルーベイだけではない。巨額の利益を得るチャンスがあるのだから、多くのファンドや投機家が同じようなことをしているに違いない。
実際、そのようなことが起きているのを示す状況証拠がある。これまで述べてきたような取引によって、日本国債のマーケットは、きわめて異常な形に歪んでしまったのだ(これについての詳しい説明は、本章の3で行う)。
中央銀行が負けた例も
中央銀行とヘッジファンドの戦いで、中央銀行が負けた例もある。
最近では、オーストラリア準備銀行(中央銀行)が、2021年11月に金利のコントロールを放棄した。
もっと以前には、アメリカの投資家ジョージ・ソロス氏が、イングランド銀行を打ち負かした例が有名だ。1990年、イギリスはEC諸国の為替レートを一定の枠に収めようとする通貨管理体制ERM(欧州為替相場メカニズム)に参加した。当時、イギリス経済が低迷していたにもかかわらず、ポンドが過大評価されていた。しかし、イギリスはERMの規制にしたがって切り下げができなかった。
この状態に着目したソロス氏のクウォンタム・ファンドが、ポンドを売り浴びせ、ポンドの切り下げ圧力が強まった。92年9月16日、ついにイギリス通貨当局が攻防に敗れ、ポンドはERMを脱退し、変動相場制に移行することになった。
合理的なものが勝つ可能性が高い
前記のダウディング氏のインタビューで興味深いのは、「日銀が国債を買いながら財務省が円を買う介入をしようとしているのは、アクセルとブレーキを同時に踏むようなもので、一貫した政策とはいえない」とコメントしていることだ。そして同氏は、「一貫性のないものに対しては、投資家は挑戦をしたくなる」と述べている。
確かにそのとおりだ。日本政府の政策は、矛盾したものになっている。「物価対策が必要」ということで、ガソリンなどの価格を抑えている。ところが一方では、物価高騰の重要な要因である円安を放置している。
つまり、アクセルとブレーキを同時に踏んでいるのだ。
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