『どうすれば日本人の賃金は上がるのか』:全文公開 第4章の1
『どうすれば日本人の賃金は上がるのか』 (日経プレミアシリーズ)が9月13日に刊行されました。
これは、第4章の1の全文公開です。
第4章 あなたの給料は、
日本人の平均より高いか?
1 統計で見る日本人の平均給与
日本人全体の平均年収は360万円だが……
自分の賃金が日本人の平均と比較してどのような位置にあるかは、誰でも気になるだろう。
そこで、統計を用いて、あなたの賃金が日本の平均的な賃金とどの程度違っているかを調べてみよう。なお以下に取り上げる計数は、とくに断らない限り、2020年のものだ。
まず、「賃金構造基本統計調査」(厚生労働省)を見よう。これによると、一般労働者の平均賃金は、男女計で月30・7万円だ。年収にすれば368万円になる。
賃金に関する統計はこれ以外にもある。「毎月勤労統計調査」(厚生労働省)によれば、月32・4万円だ。年収にすれば389万円になる。
「民間給与実態統計調査」(国税庁)によれば、年額で男が532万円、女が293万円だ。
「法人企業統計調査」(財務省)によれば、給与・賞与年額は370万円だ(金融機関を除く)。
賃金が、以上で紹介した統計の値よりも高い値になっている人も多いだろう。しかし、だからといって、すぐに喜べるとは限らない。なぜなら、第2章の5節で述べたように、賃金は、年齢、性別、雇用形態(正規か非正規か)によって大きく違うからだ。また、産業別・企業規模別でも大きな差がある。
このように「平均賃金」は対象の範囲によって大きく変わるので、あなたの正確な位置づけを知るのはそれほど簡単なことではない。
最も大きな差をもたらす要因は2つある。
第1は「年齢」だ。賃金構造基本統計調査によると、男性・正規の場合、18歳未満の18・3万円と55〜59歳の43・5万円(年間522万円)との間で、2・4倍の開きがある。
もう一つの大きな要因は、「正規か非正規か」だ。同調査によると、男女計の年額で、正社員・正職員の月額が32・4万円に対して、正社員・正職員以外は21・5万円と、1・5倍の差がある。
45〜49歳で正規なら、「月収40万円」が目安
日本の場合、年齢が賃金を決める大きな要素になるので、仮にあなたの賃金が全体の平均より高いとしても、それは単に「あなたの年齢が高い」というだけのことかもしれない。
だから、全体の平均値と比較するだけでは、あまり意味がない。同じ年齢で比較しないと適切な判断がしにくい。そこで、賃金構造基本統計調査を用いて、図表4―1のように、年齢別の平均を考えることにする。これは 男性の一般労働者だ(注)。これを見れば、あなたの賃金が平均より高いか低いかの判断を、先に述べたよりは正確に行える。
例えば、表によると、45〜49歳の男性で正規であれば、平均値は39・6万円(年間475万円)だ。だから、もしあなたが45〜49歳の男性であり正規職員であって、賃金がこれを超えているのなら、あなたは「平均より給与が高い」といえる。それは、あなたのこれまでの勤務成績がよかったか、あなたの会社の業績がよかったかなどの原因によるものだ。
逆に、これより大きく下回っているのであれば、考える必要がある。それは、あなたの勤務成績が悪かったためかもしれない。
しかし、そうではなく、あなたが正当に評価されていない可能性もある。あるいは、あなたの会社の収益性に問題があるのかもしれない。そうであれば、転職を検討するのがよいかもしれない。
(注)賃金構造基本統計調査で「賃金」とされるのは、現金給与額(きまって支給する現金給与額)のうち、諸手当を差し引いた額で、所得税等を控除する前の額だ。法人企業統計調査によれば、給与・賞与のうち賞与の比率は15%程度だ。なお、本書では、「給与」と「賃金」を厳密に区別せずに使っている場合がある。
賃金構造基本統計調査は、常用労働者を「一般労働者」と「短時間労働者」に区分し、おのおのを「正社員・正職員」と「正社員・正職員以外」に分けている。本章では、これらを、正規、非正規と記した。
正規と非正規の賃金差は年齢とともに広がる
非正規では、賃金の年齢差は、あまり大きくない。
すでに述べたように、男性正規の場合には、19歳以下の18・3万円と55〜59歳43・5万円の間で、2・4倍の開きがある。しかし、非正規の場合には、19歳以下の18・8万円と55〜59歳の25・2万円との間で1・3倍の開きしかない。
また、男女差もさほど大きくない。年齢計で見て、正規の場合には、男35・1万円と女26・9万円の間に1・3倍の開きがある。それに対して、非正規は男24・0万円と女19・3万円の間に1・2倍の開きしかない。
だから、もしあなたが非正規であれば、単純に非正規平均の21・5万円と比較して、高いか低いかを判断すればよいだろう。つまり、21・5万円(年間258万円)より高いのであれば、高いと判断してよい。
すでに述べたように、非正規の場合、賃金に年齢差がほとんどない。他方で、正規では、年齢とともに賃金が上昇する。
したがって、若いときには、正規と非正規の間であまり大きな賃金格差がないことになる。そして、非正規として働くことをあまり問題ではないと考える可能性がある。しかし、時間が経つと、非常に大きな差ができてしまうのだ。55〜59歳になると、正規43・5万円、非正規25・2万円で、1・7 3倍にもなってしまう。
これに加えて、退職金の差がある。非正規の場合には、退職金がない場合が多い。だから、生涯所得には大きな差がついてしまう。
学歴を得る努力が経済的に正当化できるか?
正規になるか非正規になるかは様々な要因によって決まるが、学歴が大きな要因である場合が多いだろう。
ところで、学歴は個人が選択でき、努力によって得られるものだ。では、高学歴を得ようとすることは、経済的に見て、正当化できるだろうか?
右に述べた生涯所得の差を考えれば、大学教育は十分なリターンが期待できるといえるだろう。
もちろん、学歴を得るためには費用が必要だ。学費のほかに、親元を離れれば、生活費もかかる。そうしたことを考えても、大学教育はペイする可能性が高い。
それにもかかわらず、大学進学の選択が若年期における正規・非正規の賃金の差で判断され、「大学進学は割に合わない」とされている可能性がある。20歳にもならない段階では、この判断を正しくできない可能性が高い。
アメリカのビジネススクールの学生は、いったん就職してから、学び直す人たちが多い。つまり、20代後半や30代になってから、選択をやり直せるのだ。
日本でも専門職大学院が作られたが、十分に機能しているとは言い難い。この制度を適切に機能させるための努力が必要だ。