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『中国が世界を攪乱する』はじめに(その3)

中国が世界を攪乱する』が東洋経済新報社から刊行されます。

4/29~5/6の期間、Kindleで全文無料公開中です!

・5/7(木)~5/20(水)電子書籍版の先行販売(3割引)
・5月22日(金)に全国の書店で発売します。

これは、はじめに 全文公開(その3)です。

はじめに(その3)

 本書の終章で取り上げたのは、コロナウイルスと国家体制の関連だ。
 コロナウイルスの感染拡大も、それが経済活動に与える影響も、いつかは終息する。しかし、そうなっても終わらない問題がある。それは、「国家体制と疫病」という重大な問題だ。
 本書がもともと対象としていたのは、米中間の経済戦争であった。貿易摩擦の状況をフォローするだけでなく、その背後にある中国の国家体制を分析しようとした。
 具体的には、AIの進歩が信用スコアリングや顔認証などを生み出していることが意味するものだ。それが中国社会に多大の利益をもたらす半面で、強権国家が国民監視のために用いる危険性を指摘した。

 ところが、本書の初校が出来上がった段階になって、降って湧いたように、新型コロナの感染拡大が世界的な大問題となってしまった。
 この問題は、信用スコアリングや顔認証などと本質的に同じ性格を持っている。
 まず、終章の1で述べているように、2019年12月の段階で新型コロナウイルスの感染拡大を封じ込められなかったのは、中央政府の力が強すぎて、悪い情報を隠蔽しようとしたからだ。これは、強権国家の負の側面を表している。

 しかし、事態が進むにつれて、逆の側面も浮かび上がってきた。
 武漢という人口が1000万人を超える都市を封鎖したり、わずか10日間で病院を建設したりした。これは、強権国家だからこそできることだ。
 それだけではない。終章の2で述べているように、AIとビッグデータを用いてウイルスの感染状況を個人ごとに探知できるようなシステムが開発された。
 こうしたものが、中国における感染拡大を防いだ側面を、認めざるをえない。
 2020年3月になると、ヨーロッパやアメリカで感染の爆発的拡大が生じる中で、中国での感染状況は次第に収まり、2020年4月初めに武漢市の封鎖が解除された。封鎖が行われていたその他の地域でも、解除が進められた。生産活動も徐々に再開された。

 つまり、「強権国家が人々の権利やプライバシーを犠牲にして対策にあたれば、国民は安全を得ることができる」ということなのかもしれないのだ。「自由と安全のどちらをとるのか」という極めて困難な問題から、われわれは顔を背けることができなくなった。
 強権国家は、国民にとってマイナスの面だけではない。もしかしたら、プラスの面があるのかもしれないのだ。
 そうであれば、人々は強権国家を求めるかもしれない。

 しかし、それこそが、本書のエピグラフで引用したカミュの警告だ。
 ここでカミュが「ペスト菌」と言っているのは、病原体であるペスト菌そのものではない。
 これは隠喩なのである。直接には第二次世界大戦当時のナチスを指すと言われる。もっと広範に、全体主義国家、強権国家、監視国家などを指すと解釈することができるだろう。
 本書の作成途中で急遽コロナウイルスの問題を付け加えたのは、それが本書の中心的テーマ、そのものであるからだ。
 本書の大部分は、ウェブ版『現代ビジネス』に2019年7月から2020年3月にかけて連載した記事を元としている。この連載でお世話になった講談社『現代ビジネス』編集部の間宮淳氏に御礼申し上げたい。
 本書の刊行にあたっては、東洋経済新報社出版局次長の伊東桃子氏と編集者の岡博惠氏にお世話になった。御礼申し上げたい。

                2020年3月
                野口 悠紀雄


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