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第4章 AIに高度知的活動ができるか?(その2)

3 AIは金融市場に勝てない

・利益を求める「捕食性アルゴリズムの群れ」
 AIが進歩すれば、それを資産運用に活用できないか? そうすれば、高い収益をあげられるのではないか?
 こうした期待が、高まっている。
 マーティン・フォードは、『ロボットの脅威―人の仕事がなくなる日』(日本経済新聞出版社、2015年)で、つぎのように言っている。
 現在の株式市場の取引の少なくとも半分は、自動化されたトレーディングアルゴリズムによって行なわれている。ロボットトレーダーの多くは、ルーティンな取引以上のことを行なうことができる。
 たとえば、ミューチュアルファンドや年金の運用マネジャーが始める大型取引を検出し、素早く分け前を獲得しようとする。システムにおとりの入札をしてほんの数分の1秒で引っ込めることで、他のアルゴリズムを出し抜こうとする。ブルームバーグダウ・ニューズサービスも、こうした機械に読めるような特別仕様の商品を提供しているという。
 このアルゴリズムは、金融ニュースを調べ、数ミリ秒のうちに、利益のあがるトレードへとつなげる。
 2013年に科学雑誌ネイチャーに発表されたある論文によると、「捕食性のアルゴリズムの『群れ』を特徴とする機械が争い合う生態系が出現している」。ロボットトレーディングは、そのシステムを設計した人間たちのコントロールを超えて、時には理解不能な行動にまでに進んでいるという。
 このようなことが、実際に行なわれているのだろう。
 AIが様々な分野で華々しい成果をあげていることから、その資産運用への応用に期待を持つ人が増えている。実際に、そのような試みもなされている。
 しかし、AIを用いて金融市場で利益をあげ続けることはできないと考えられるのである。
その理由を以下に説明しよう。

・AIが算出した指数を用いても、収益をあげられなかった
 インディアナ大学のヨハン・ボーレンらは、SNSのデータ分析によって市場価格の予測ができるという論文を2010年に発表した。ツイッターのデータをランダムに抽出し、感情的な単語がどの程度出現するかを表わす「センチメント」という指標を算出すると、3日後のダウ平均株価指数の上昇や下降を87%の確率で予測できるという結論である。
 同様の分析は、他にもある。例えば、スターバックス、コカ・コーラ、ナイキの株価の変動を、ソーシャルメディアから算出したセンチメント指数で予測できるとする分析もある。
 しかし、こうした分析を用いたファンドは、高い成績をあげ続けることはできなかった
 ポール・ホーティンは、ボーレンらの論文に刺激されて、ツイッター情報に基づいて運用するファンドを2011年に立ち上げた。しかし、パフォーマンスは思わしくなく、1ヵ月でファンドは閉鎖された。
 また、カリフォルニアのMarketPsy Capital は、これに先立って同様の投資戦略を採用していた。同社は、チャットルーム、ブログ、ウェブサイト、ツイッターなどを分析し、そこから算出した「センチメント」の動きを用いて投資をするヘッジファンドを立ち上げた。これによって、2008年から2年間で、40%もの利益率をあげた。しかし、2010年には、8%の損失率となった。そして、ファンドは閉鎖された。
つまり、こうした法則が見出せるということと、それを用いて利益をあげられることは別なのだ。金融投資の収益率は、他の人が何をやるかによって、簡単に変わってしまう。金融市場では、取引をすればその行為が市場価格や他の取引者に影響を与えてしまう。センチメント指数で2週間後に株価が下がると予測されれば、投資家はいま売却する。そして、価格はいま下がってしまう。新しい傾向を見出した人は、短期的には収益をあげることができるかもしれないが、すぐに同じことを多くの人がやるようになるので、有利性が消滅してしまうのだ。だから、永続的に超過リターンを得ることはできないのである。

・AIを用いたファンドは高収益を実現できるか?
 株価の予測ができないにしても、AIや高等数学を活用して複雑で高度な投資法を作り出せば、市場の平均収益率をつねに上回る収益を生むファンドが作れるのではないか? こう考えている人も多い。
 以前から、「クオンツファンド」というものがあった。これは、高度な数学的手法や数理モデルを使って、株式、債券、為替、金利、コモディティなどのマーケットのデータや経済情勢などを分析し、それにしたがって運用するファンドだ。最近、AIを駆使するクオンツファンドの勢いが強まっているといわれる。
その一つに、ルネッサンス・テクノロジーズがある。これは、1982年にジェイムズ・シモンズが設立したファンドだ。
 もう一つは、ツー・シグマだ。ジョン・オーバーデックとデビッド・シーゲルが設立した。ビッグデータを集め、機械学習で分析する。株式やその他の証券の値動きを予測できるパタンを見出し、市場のインデックスを超える高いリターンを出すといわれる。
 資産家のレイ・ダリオが創業した世界最大級のヘッジファンド運営会社ブリッジウォーター・アソシエーツは、2015年3月に、IBMでAIワトソンを開発したデービッド・フェルッチを迎え入れて、AI運用に着手した。

・AIが運用する投資信託が始まっている
 投資信託でも、AIの活用が始まっている。
 投資信託では、これまでは株価や財務データのような構造化データしか利用していなかったが、最近では、非構造化データをAIを利用して分析するようになってきた(構造化データ、非構造化データについては、第6章の1を参照)。例えば、あるファンドは、小売店の駐車場の駐車状況などの非構造化データを、AIを用いて分析している。
 ツイッターなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)や衛星写真、検索履歴や船舶データなどを分析する試みもある。
 さらに、個人投資家向けの「ロボアドバイザー」がある。これによって、自分に最適な投資信託を探したり、資産運用のアドバイスや助言を受けたりすることができる。
 投資家によって運用方法を変えていく「オーダーメイド型の投資」は、これまでは一部の富裕層向けのサービスだった。これを一般投資家向けに開放したのが「ファンドラップ」だ。しかし、ファンドラップはコストが高すぎることが問題だった。
 ロボアドバイザーは、ロボットが行なうので大幅なコスト削減が可能であり、手数料や運用管理費を安く抑えることができる。この分野では、新しく参入する企業が急激に増加している。

・なぜAIは市場に勝てないのか?
 では、AIやビッグデータを用いれば、ファンドは好成績をあげられるのだろうか?
 しかし、事態は、それほど簡単ではない。
 ファイナンス理論が教えるところによれば、最も効率の良い投資信託は、市場の収益率を再現するようなファンドである。このようなファンドは、「インデックスファンド」と呼ばれる。「アクティブファンド」とは、これを上回る収益を得ようというものだが、そうしたことは理論的にできないのである。実際のデータを見ても、アクティブファンドの成績はインデックスファンドの成績に及ばないことが多い。
 もちろん、AIファンドといってもファンドによって異なる手法を用いているから、それらを一概に評価することはできないだろう。また、ある時点の成績だけをとっても、全体的な判断はできない。
 しかし、コンピュータに判断を委ねるファンドの成績が良くないことは、多くのレポートで見られる。
 例えば、長期的に見ると、コンピュータの判断にしたがった運用の成績より、人間による運用が優れているとのレポートもある。
市場を打ち負かす投資法があり得ない」というのは、つぎのように考えても納得できるだろう。仮に市場の平均よりも高い収益が得られるのであれば、なぜそれを一般の投資家に教えてしまうのだろう? そうしたことをせずに、自分たちだけで収益をあげるほうが良いのではあるまいか? だから、「AIを使っているので高い収益率になります」という宣伝文句は、眉唾をつけて聞く必要がある。
 AIを用いて金融市場で利益をあげられるというのは、「AIはなんでもできる」「なんでも人間より優れている」という過大な期待から生じる幻想にすぎない。

4 AIは創造や発明ができるか?
・作曲をするAI「エミー」
 AIを用いて作曲する試みが、しばらく前からなされている。特定の作曲家の曲を分析し、独自の形を抽出して、それらを組み合わせることによって音楽を作るのだ。
 カリフォルニア大学の名誉音楽教授デービッド・コープは、「エミー」を作った。これは、バッハの曲を学習データとして使用し、新しい曲を生み出すアルゴリズムだ。あるオーケストラ用の曲はあまりに感動的だったので、多くの音楽家が絶賛した。
2012年7月には、ロンドン交響楽団が「移行―深淵の中へ」と題する楽曲を演奏した。ある批評家は「アーティスティックで魅力的」と評した。この曲を作ったのは、「イアモス」という、音楽に特化したAIで、スペインのマラガ大学の研究者たちが作成した。イアモスはすでに、現代音楽のスタイルのユニークな楽曲を何百万と作り出していている。
 マイク・マクレディが開発した「ヒットソング・サイエンス」という音楽評価のアルゴリズムは、メロディ、ビート、テンポ、リズム等々を数学的手法で解析することによって、曲のヒット可能性を予測している。

・AIが映画を作る
 エパゴギックス(Epagogix)というスタートアップ企業は、脚本だけから映画の興行成績を事前に予測するアルゴリズムを開発した。
 映画の製作費は巨額だ。しかも、成功するかどうか分からず、非常にリスクが高い。したがって、予測は不可欠だ。いまでは、エパゴギックスは、映画会社が映画製作を決定する際に、不可欠の存在となっている。
 エパゴギックスは、すでに作った映画の評価にとどまらず、収益予測の結果を踏まえて、映画の脚本作りをアドバイスする。この方法を用いれば、映画だけでなく、新商品やサービスの開発を効果的に行なうこともできるだろう。
2016年5月のロンドンのSF映画祭で、「2日で映画を作る」という「48-Hour FilmChallenge」コンテストが行なわれた。ここで、「Sunspring」という題の、AIが書いた脚本をもとにした短編SF映画が公開された。
 これは、スマートフォンの予測変換機能(過去の単語列を元として、つぎにくるであろう単語を予測するシステム)を発展させたものだ。
 AIの学習にはニューヨーク大学の研究者が協力。「Benjamin」というAIに「2001年宇宙の旅」「ゴーストバスターズ」「2012」「アベンジャーズ」「フィフス・エレメント」などのSF映画を学習させ、脚本を書かせた。
 完成した映像は9分ほどの長さ。劇中の音楽や歌は、AIにポップソング3万曲以上を学習させて作った。この映画は、YouTube に公開されている

・レシピを作るワトソン
 もう一つの例として、IBMのスーパーコンピュータ「ワトソン」がある。2011年にクイズ番組「ジョパディ!」でクイズ王ケン・ジェニングスを破って、優勝を果たした。このクイズ番組は、問題と答えが逆になっているユニークな番組だ。1つの言葉からそれにかかわる答えを導き出すには、あいまいな言葉への理解や、知識や表現の組み合わせが必要になる。ワトソンはWikipedia の情報とクイズのスキルを身につけて、それを応用することでクイズに対応したのだ。
 ワトソンがコグニティブ(認知)コンピューティングと呼ばれるのは、ただデータを取り出すのではなく、その状況を認知して答えを新たに生み出せるからである。
 IBMは、料理のレシピを考えさせる試みにも取り組んでいる。これは、「シェフ・ワトソン」と呼ばれる。 
3万5000種類のレシピと1000種類の化学的香料化合物を分析させ、どの材料のコンビネーションが合っているのかを学習させた。その結果、材料、料理の地域、料理のタイプをインプットすることでレシピを生み出すことに成功した。システムが創造的な料理を考え出してくれるわけだ。
ユーザーの要望から既存のレシピを探し出すのではなく、データから独創的な新しいレシピを提案する。つまり、得た情報を活用して、要望に合ったレシピを自分で考えている。いままでにない組み合わせの料理を作り出す試みも行なわれている。

・ユリイカは自然法則の発見ができる
マーティン・フォードは、『ロボットの脅威―人の仕事がなくなる日』の中で、自然法則を独自に発見できるAIユリイカを紹介している。
これは、2009年に、コーネル大学のホッド・リプソンと、マイケル・シュミットが作ったものだ。
二重の振り子を設置し、センサーとカメラで振り子の動きを捉え、一連のデータを作り出す。ユリイカは、このデータから、振り子の運動を説明する物理法則を数時間で導き出した。ニュートンの力学第二法則も導き出した。
「このシステムは好奇心を持っている」とリプソンは言う。
このプログラムは、生物の進化にインスピレーションを得た遺伝的プログラミングという技法を使っている。
 最初に、様々な要素をランダムに組み合わせて方程式を作り、その方程式がどのデータにうまく適合するかをテストする。テストに合格しなかった方程式は捨てられる。他方で、有望そうな方程式は取っておかれ、また新しく組み合わされて、やがて正確な数学モデルに収斂(しゅうれん)していく。この途中で、時々ランダムな突然変異が投入される。
 これは、「自動化された発明機械」と言えるものだ。
2009年末、ユリイカは、インターネット上で公開された。それ以来、このプログラムは、様々な分野で数多くの有益な成果を生み出したという。例えば、細菌の生化学的作用を説明する方程式、電子回路の設計、機械システムなどだ。フォードは、「創造性はすでにコンピュータの能力の範囲内にあるものだという可能性が示されている」と言う。
 しかし、このプロジェクトは、その後は大きく発展してはいないようだ。
「AIの創造性が本当の創造性か?」という問題については、第9章の4で論じることとする。

5 AIの軍事利用や暴走の危険
・AI軍事革命が始まっている

 アメリカは、1990年代に「軍事革命」(RMA)を実現し、他国の追随を許さぬ圧倒的な優位を確立した。これは、ITを活用した精密誘導兵器、サイバー攻撃、宇宙利用、ステルスなどから構成されるものだ。
 いま、それより進んだ「AI軍事革命」が始まっている。
 AI技術は軍事に転用が可能だ。
 AIの画像認識技術を応用すると、目標認識が正確になり、兵器の能力が飛躍的に向上する。また、ロボットやドローンなどの無人機が、自ら認識し、判断し、行動できるようになる。
 AI兵器は、つぎの三段階に区別される。第一段階は、現場から離れた場所にいる操縦士が攻撃を決定する「遠隔操作ロボット」。第二段階は、人間の許可なしでも攻撃を開始するが、操縦士がそれを停止できる「半自律ロボット」。第三段階は、標的の探索から攻撃までのすべてを行なう「自律型致死兵器システム(LAWS)」。
 これらのうち、LAWSは実用化されていないが、半自律ロボットまではすでに戦場で実戦配備されている。攻撃目標で自爆するイスラエルの無人攻撃機「ハーピー」や、水上艦や潜水艦に自動的に接近して爆発するロシア製の機雷「PMK-2」などがある。
 AIが戦闘に参加するようになると、戦闘のスピードに人間の頭脳が追随できなくなる。
 アメリカのシンクタンク、CNAS(新アメリカ安全保障センター)のエルサ・カニアは、これを、「戦場のシンギュラリティ」と呼んでいる。

・中国がAI軍事革命を先導
 中国は、国をあげてAI兵器に注力している。空母、潜水艦、ステルス戦闘機などの分野で中国がアメリカに追いつくのは大変だが、AIは新しい技術なので、米中の差は大きくない。だから、開発に力を入れれば、中国がアメリカを抜いて世界のトップになるチャンスがあるからだ。中国にはLAWSの暴走を抑える歯止めとなる対策が存在しないとの指摘もある。
 AI軍事革命を先導しようとしているのは、人民解放軍だ。
 人民解放軍は数千機ものドローン(UAVs)で空母を攻撃する戦法を生み出した。多数のドローンが衝突せずに飛行するためには、高度のAI技術が必要だ。
 中国電子科技集団(CETC)は、2017年6月、119機のドローンの編隊飛行のテストに成功した(それまでの記録は67機)。安価なドローンによって、空母のような高価な兵器を攻撃することが可能になる。

・シンギュラリティはあるか?
 より根源的な問題も指摘されている。それは、AIがコントロールを失って暴走する危険、あるいは、人間に反抗して戦いを挑んでくるという危険だ。
 ディープラーニング(第5章の1参照)で最終的に構築されたネットワークがなぜ正しいのか、人間には理解できない。思考過程が、ブラックボックスになっているのだ。モデルはわからないが、とにかく正しい答えを出している。こうした不可解さが、暴走や反抗の怖れにつながる。
 AIについての悲観論の代表として、ジェイムズ・バラット著『人工知能―人類最悪にして最後の発明』がある。 
2045年頃、シンギュラリティ(技術的特異点)が起こり、現在のAGI(人工汎用知能)からASI(人工超知能)への進化が起き、能力が何兆倍も強力になる。そして、ナノテクノロジー(原子スケールの工学)を駆使するというのだ。
 機械の自己保存欲求によって人間に要求し、電力、上下水道、金融システムなどのインフラを支配し、人間を征服する、という。
スカイネット(Skynet)というのは、映画「ターミネーター」シリーズに登場するコンピュータの集団だ。自らの手足となる無人兵器による機械軍を作り上げ、人類の殲滅を目的とする。これと同じことが実際に起こるというのである。
 すでに「スタックスネット」というウイルスがアメリカとイスラエルにより開発され、イランの原子炉を故障させて、核開発計画を遅らせたという事件も起きている。
 もっとも、この問題については、楽観論もある。
 マレー・シャナハン著(ドミニク・チェン監修・翻訳、ヨーズン・チェン、パトリック・チェン訳)の『シンギュラリティ―人工知能から超知能へ』(エヌティティ出版、2016年)は、AIによって、われわれが理解しているような人類のあり方が終わりを告げるほどの劇的な変化が起きるという。
 まず、人間レベルのAIを作る。それはいつか実現される。そこから超知能への移行は不可避的に起こる。多くの人は仕事を失うかもしれないが、しかし豊かに暮らすという。
 こうした様々な未来像のどれが現実のものになるのか? それを現時点において確実に見通すことは、きわめて難しい。



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